2008年9月28日日曜日

9月27日 日本人ふれあい祭り

 今日は日本人会主催のふれあい祭りの日。朝10時、JICAが用意してくれたマタツで、日本人学校へ行く。そこにはたくさんのテントブースがあり、たくさんの食べ物や飲み物が並んでいた。浴衣や甚平を来ている人もいて、すごく祭りの雰囲気がして興奮した。祭りは大好きだからね。来年は俺も男性浴衣(ユニクロ製)を着ていこう。

 まず買ったのが、日本人学校の生徒が作った大根50シル(75円)を買った。もちろん料理はできないが、そんな丹精込めて作った大根を思わず買ってしまった。そして次に、バザー品で目立っていたマグカップとお皿を買った。おしゃれなマグカップ6つ、大皿2つ、中皿4つ、小皿2つで合計400シル(600円)。いい買い物をした。

 その後昼から焼き鳥とビール。そしてスタミナ丼におにぎり。最後にアイスクリームトリプルと飲んで食べまくった。祭りで売っている食べ物や飲み物って、なんでこんなにうまいんだろうね。まるで魔法です。

 そして、少し顔が赤みをおびてきて、酔っ払ってきたと同時にマッサージコーナーへ。ここでは指圧という職種でケニアで2年活動している隊員の生徒さんが来ていて、マッサージをしてくれる。その生徒さんはほとんどが視覚障害者で、指圧を仕事としている。これがまた上手である。気持ちよさのあまり、思わず寝てしまいました。

 そしてあっという間にお祭り終了。最後はナイロビ盆踊りとマイムマイムを踊って締めました。いやあ、やっぱり祭りは最高です。ちなみに奥さんとお揃いのキーホルダーも買って、いい旦那さんをアピールしようと悪だくみしています。うんうん。

9月26日 手作り飛行機☆

 牛の世話係の子どもは、一日中牛の世話をする。朝から夕方までずっとだ。常に牛が見える位置にいて、様子をみる。一見すごく地味な仕事だ。

 朝、その世話係の子どもの一人が針金とひも、それからサンダルを切って丸くしたかけらを持っていた。そして何かを作っていた。すごく集中して、話しかけても、そっちのけだ。

 昼になって得意そうに笑顔で俺のところへやってきた。

 “ Ndege!” 「飛行機!」

 作っていたものは飛行機。それもかなりレベルが高い。針金やひものようなものだけで。他の子どもたちも興味津津。先生たちも感心していた。あそびたがりの子どもたちに、もちろんオモチャなんてない。買うお金もなければ、買ってくれる人もいない。そんな子どもたちだ。だからといってあきらめない。自分で作る。楽しむ術(すべ)を知っている。

 だからなおさら、その作ったオモチャを大事にする。そういう姿がかっこいい。そんな子どもの姿が私にとって、ものすごく新鮮だ。オモチャがなければ作る、そんなケニアの子どもが頼もしく見えた。

9月25日 草ぼうき

 ここでは “chafu”(汚い)はタブーだ。学校も服装も体もすべてを清潔にきれいにしてなければならない。毎日のお風呂(水浴び)は絶対だ。子どもたちは俺よりもきれいだ。そうやって「きれいにしよう」という言い続けることで、なんでもきれいにする習慣を身につけさせる。

 朝そうじ。みんな各場所に散って、掃除をはじめる。ただ道具が少ない。みんなにいきわたるだけの道具はない。しかしそこは、さすがケニア人。自分たちですぐに道具を作り出す。

 今回は外のはき掃除。15人ほどのグループにほうきが5本しかない。それを奪いあい、勝ち誇ったように5人はほうきを手にする。残りの10人はどうするか・・・。もちろんさぼることはできない。先生が見ているし、さぼったら怒られるから。

 そこで、近くの草っ原から、大きな草を10本ほど抜いてくる。それがほうきとなる。草抜きにもなるし、ほうきになってはき掃除もできるから一石二鳥。さすが生きる力抜群。日本人の子どもの何倍も生きる力はある。
 
 “ Fanya kaji kwa bidii♪” 「一所懸命仕事しよう♪」

 一緒に歌いながらそうじをする。なんとも楽しそうな掃除の風景である。そんなそうじの時間も退屈にならない時間となる。最高です、ケニアの子ども。まあ手ごわい点もあるけど。生きる力という点では、アフリカ人の子どもが一番その力を持っているんだろうなあと思った。

9月24日 余裕☆

 最近余裕がある。朝8時半から16時半まで仕事をして、ドミトリーに帰る。まだ家が決まってないので、ドミトリーからの通いだ。しかし精神的に余裕がある。笑顔が増えた。子どもに余裕を持って接することができている。そう感じ始めた。

 ちょっと前まで、ケニア人と一緒に更生院横のケニア人の先生の家に住んでいた。そして7時半前から21時過ぎまで働いていた。帰って寝る準備をしてすぐ寝る、そんな毎日を送っていた。疲れがとれぬまま、子どもに接する。しょうもないことに怒る。喧嘩があると話を聞く前にげんこつをする。子どもと接するということに楽しようとしていた。

 自分に余裕のないことを感じた時に、ドミトリー通いを始めた。子どもと接する時間は、以前に比べると少ない。けど、笑顔で温かく接することが増えた。子どもが話しかけてくれることが増えた。何か自分の中で変わり始めた。

 同僚は遅く来て、早く帰る自分にあまり良い印象は持ってないだろう。それは感じる。けど、今家のない状況で、子どもと接することを最優先に考えると、今の状況が一番良い。それが今自分で出した答えである。

 再来週から更生院近くの教員住宅に住むことができる。そうするともっと子どもと接する時間が増える。その時間が増えることで、笑顔が減るのでなく、今のまま子どもと生活していきたい。余裕をもって活動していこう。笑顔をたやさない、そんな存在でいよう。

9月23日 鳥の声を聞く☆

 こっちに来て、よく感じることがある。鳥の声が聞こえるっていうことだ。日本にいるときは忙しくて、あまり感じなかったけど、ずっと聞こえる。あちこちで聞こえるその声が、妙にすがすがしく感じる。

 その声に誘われて、ふと見上げてみる。大きい木に何かある。そこには草で作った巣があちらこちらにあった。そこにたくさんのヒナがいる。親鳥も何回もえさを取ってきては帰ってくる。そんな声がよく聞こえる。

 鳥の種類にも驚く。名前はわからないが、黄色の鳥や青い鳥、トサカがある雀のような鳥や、身長1メートルはあろう巨大な鳥、さまざまな鳥が更生院に遊びに来る。ちょっとした動物園だ。そんないろいろな鳥が見えるから、また鳥を見るのは楽しい。

 せっかくにケニアにいるんだから、国立公園(サファリパーク)に行ってみたい。そこで、動物の自然の姿を見たい。鳥だけでこんなに興奮するんだから、動物を見るともっと興奮するんだろうなあ。って、少し子どもに戻って気持ちが高まる一日でした。

9月22日 左手にノート、右手に石。

 更生院の子どもは一週間に一回しか授業を受けることはできない。現在120以上の子どもがいて、使える教室は2つ、そして教員は3人。クラスはスタンダード1からスタンダード8(日本の小学校1年生から中学校2年生まで)に分かれていて、その8つに分かれているクラスを見るためには1週間に1回しかできない。

 また更生院の子どもたちには仕事がたくさんある。毎日のそうじ、牛の世話、ごはんの料理、農場での仕事などである。そのためみんなが授業を受けることはできない。そのため英語や数学、スワヒリ語の授業をしても1週間たつと内容を忘れてしまっている子も多い。もっと学習の機会を増やせないかなあと思う。

 この日の午後、ある光景を目にした。ある生徒が地面にしゃがみ込んで、何かしている。何をしてるのかとドキドキしていくと、左手にノートを持って、右手で地面に石を置いている。算数の掛け算の勉強だ。

 算数が苦手なその子は、先生の言われたことに素直に実践して、算数の学習をしていた。それも自主的に。5個セットの石を3セット作って、5×3=15の計算をしていた。並べた後、一つひとつ石の数を並べる姿がなんとも言えずかわいかった。その子は答えがわかると本当にうれしそうに笑う。ああ、この笑顔を見るために、教師の仕事があるんだと改めて思った瞬間だった。

 その他にも日本語の勉強をしている子、英語を教えてほしいといって英語で話しかけようとする子、勉強したい意欲はきっと日本の子ども以上だろう。この更生院にも光り輝く勉強したいという気持ち、それをかなえてやりたい。

2008年9月24日水曜日

9月21日 サッカー in ゲタスル更生院☆

 今日は配属先であるゲタスル更生院と協力隊ケニア隊員とのサッカーとバレーボールの試合があった。隊員19人、専門家や調整員、ケニア在住日本人10人ほどが集まった。一回戦隣のカベテ更生院のサッカーカベテボーイズと試合をした。コーチは同期の隊員のシンヤ。すごく速くて上手だった。

 俺も初めてサッカーの試合に出た。左サイドバック背番号96 KURO. KEN と書かれてあるユニフォームで気合いを入れて登場。・・・が、子どもたちの速さに圧倒されました。試合は1-0でまさかの勝利。これにはみんな喜んだ。

 次にバレーボールの試合。中学生の時バレー部だったので、レフト先発出場。ゲタスルボーイズ(先生二人含む)に接戦で、セットカウント2-1で勝てた。

 最後はゲタスルボーイズとサッカーの試合。さすがに隊員たちの疲労の色は濃くなり、どんどん走るスピードが遅くなる。そして結果は1-2。負けてしまった。今後は体力強化が大事だね。

 そして帰って打ち上げ。先輩隊員の送別会も兼ねていて、すごく楽しく終わった。焼肉と本格カレー。ところで、痩せない。痩せるのあきらめようかな。

 さてそれでは問題。
 4.このケニア隊員で作るサッカーサークルの名前は何でしょう?

  ①ケニヤンショット
  ②ケニアの真ん中でサッカーをする
  ③カリブ・サッカー
  ④ハートにシュート

 解答はまた来週。家が決まりました。再来週からいよいよ家に入ります。

9月20日 ソフトボール カナダ戦☆

 ソフトボール3回戦。相手はカナダ大使館。この日は絶対勝つ気で行こうと気合いが入っていた。しかし・・・。日本代表でなく、なぜかカナダ代表に。カナダチームが人数が足りないということで、助っ人に。8番キャッチャーで先発出場し4打数2安打。それも日本に勝ってしまいました。なんか複雑・・・。

 すっかり仲良くなったカナダ人にビールをもらい、昼から飲んでました。スポーツの後の一杯ってうまいんだよね。ってか、どんどんおじさん化してる。

 打ち上げは今日も韓国料理屋さんに。焼肉最高です。今回はチヂミをたくさん食べて、幸せでした。さて、次回は10月18日に試合。今度は日本代表で出よう・・・。

9月19日 サトウキビを食べる☆

 初めてサトウキビを食べた。いや、かじった。甘いんだね、本当に。同僚の先生が持ってきて、包丁で切ってくれ、それをかじった。いやあどんどん現地人化してるような気がする。最近はバナナやオレンジ、パンも歩きながら食べてるぐらいだし。現地のケニア人もよく挨拶してくれるし。日本人から離れていってるような気がする。

 サトウキビって噛めば噛むほど、おいしいんだよね。それも食べ始めるとやめられなくなるし。また好物が増えたなあ。

9月18日 手作りバオバブの木☆

 木曜日はNGOが活動をする日。こういう日は教材研究や他の仕事ができる。少し楽ができる日である。この日はアメリカ人の女性とケニアの若い人のグループがやってくる。

 この日は図工をしていた。台紙とガムテープから、バオバブの木を作る。どれを見ても想像力抜群で、何かを作るという力はかなりある。そんな出来上がったバオバブの木を持ってきては、

 “ Mwalimu, vizuri?” 「先生、上手でしょ?」

 と言ってくる。そんな子たちに笑顔で「上手だね。」って言うのが気持ちいい。褒められることに慣れてない子たちだから、すごくうれしそうな顔をする。ちょっとした会話から、子どもたちはいい顔するなあと感じた。

9月17日 更生院のディスコ

 この日の昼、ダイニングがディスコになった。リマンドホーム(近くにある児童養護施設)の先生が大きいスピーカーを持ってきて、準備をいきなり始める。子どもたちも始まる前からすごくうれしそう。

 いよいよディスコタイムスタート。このケニア人のリズム感と腰の使い方が上手である。日本人ではなかなかできないテクニックである。ダンスが好きな子は、とことん踊る。俺もそれを見て踊り始める。が、ダイニングの中のあまりの熱気に3分で外に出る。

 こっちでケニア人に負けないよう、踊りもがんばっていこうと思った。

9月16日 "Mwalimu, Karibu."

 ごはんの時間、これは子どもにとって本当に幸せな時間だ。誰も残さない。それもお皿のすみずみまできれいに食べる。そんな子どもたちの嬉しそうにご飯を食べる姿が大好きである。

 そのため最近は、子どもがごはんを食べているときに、同じようにダイニングにいるようにしている。そうすると、子どもたちが笑顔でいつもこう言う。

 “ Mwalimu, karibu.” 「先生、どうぞ。」

 そう言ってご飯を差し出す。それも何人も言ってきてくれる。前までは、子どもたちのご飯の量が減ると思って、食べなかった。しかし最近はちがう。必ず一口食べる。スプーンに少しとったご飯をおいしそうに食べる。そして一言。

 “ Asante sana.” 「どうもありがとう。」

 その俺のおいしそうに食べる姿とその「ありがとう」の一言で、子どもたちは一層笑顔になる。それを見る自分もまた嬉しくなる。

 自分が薦めたものを食べてくれるって、おれだったら嬉しくなる。子どもも一緒だ。やっぱりうれしいんだろうなあ。そんなゲタスルのご飯が俺は大好きである。「食べる」って本当に大切なことであり、幸せなことなんだなあ。

9月15日 英語を教えること

 いつもどおりの朝が来た。午前中は英語の授業と体育の授業がある。初めてとなる英語の授業では、恒例の自己紹介をするのであるが、2時間目となるとそろそろ本格的に英語の授業をしていかなければならない。

 その日は突然キマニさんに呼ばれた。

「ケンさん、シラバス(学習指導要領)と教科書があるから、このようにして。」

 えっ!!?そんなものがあるんだ・・・?教科書があることは知っていたが、まさかシラバスもあるなんて。それも日本のちがって、そのシラバスが本当に厚い。難しい英語で書かれており、なかなか骨を折る。それでも読んでいくしかない。

 また教科書もスタンダード1から8まであるが、6ぐらいから一気に難しくなる。さすが英語は公用語だけあって、レベルが日本とは全然ちがう。大学でも習わないような単語がたくさん出てくる。これを俺が教えるのか・・・?けっこうプレッシャーがかかる。

 少しずつ授業準備をしていかなければと思いはじめた。英語の授業、更生院の子どもたちも今後は英語を話さなければならないのである。中途半端なことはできない。英語の授業・・・こんなプレッシャーと自信のなさが出る授業は初めてだ。一から英語の授業を作っていこう。もう一度自分自身勉強していこうと決意した出来事だった。

2008年9月14日日曜日

9月13日、14日 ソフトボールの試合☆

 13日(土)の午後、JICAの職員の方の誘いでソフトボールをしに行った。相手はアメリカ大使館ケニアのクラブチーム。オリンピックの興奮が冷めないこの時期に、ソフトボールの復讐をすべくアメリカチームが立ちあがった。対するはケニア在住日本代表。

私は1番サードで先発出場した。私は得意の走りで、内野安打を量産し4打数2安打。守備ではエラーもあったが、なんとかがんばれた。しかし結果は1対12。大敗だった。アメリカ人のパワーに完全に負けた。あの筋肉や体は反則です。

 次にケニアのクラブチームとの対戦。やっぱり1日2試合はつらいね。戦う前から日本選手は疲れ気味。しかし見せましたよ、大和魂☆同じく1番サードで先発出場し5打数4安打。得意のダッシュで、何度もホームに生還しました。アメリカ人やケニア人からは、

 “ You’re really speedy!!” 「あなたは本当に速いね!」

 と言われ、何度も握手を求められた。しかし結果は8対12。ここでも惜敗。おしい試合だった。しかしみんなは大満足。その夜の打ち上げも楽しかったなあ。韓国焼肉料理屋で、楽しく懇親会ができました。大使館の人たちとも仲良くなれたし。なんといっても焼肉食べることができたし。一週間分の栄養をこの1食でとりました。いやあ本当に幸せでした。来週はカナダ大使館と試合。とりあえずは筋肉痛が治りますように。

 14日(日)やっぱりのんびり起きるって幸せを感じるね。何もない一日。休日はこうでなくっちゃ。
さて午後から先輩隊員と一緒にごはんを食べに行って、喫茶店でアイスコーヒーを飲んで。ゆっくりした一日でした。夕食も先輩隊員の家でコロッケをごちそうになり、恵まれた食生活でした。

 さて、それでは先週の問題の答えを。「子どもたちが最近ビール瓶の王冠で作るもの」、それは②の指輪です。いろんな王冠を集めてはそれをいろいろ使ってます。遊びの道具にしたり、このように指輪にして飾ってみたり。あるもので何か作ろうとする子どもたちは遊びの感覚抜群です。 

 今週はクイズを一休み。今週はスワヒリ語の勉強をまたはじめよう。コミュニケーションがもっととれるよう、みんなともっと仲良くなれるようがんばるぞ。

9月12日 だるまさんが転んだ☆

 毎週金曜日は、スタンダード1、2のクラスが授業を受ける。この日も英語の授業をして、自己紹介のやり方を子どもたちに伝えた。さすがにスタンダードクラス1、2の子たちなので、英語がほとんど話せない。ゆっくり、一人ひとりがわかるように丁寧にみんなで練習した。子どもたちは得意そうに自分の名前をいっており、うれしそうだった。

 さてこの日の体育は、ウォームアップの後、「だるまさんが転んだ」をした。ジェスチャーを交えながら、スワヒリ語で説明し、いよいよゲーム開始。

 “ ダーダーリールさんがー、クローンだ”

 みんな笑いながら、動かないようにする。プルプル震えながら、それでも我慢して動かないようにする。それがなんともかわいい。まあここでもケニア人の負けず嫌いが出る。少しでも前に行こうと、走る。そして先頭でタッチしようと必死だ。

ところが鬼も負けず嫌い。初めてのわりに、いろんなテクニックを使う。掛け声のスピードをかえたり、言うふりをしていきなり後ろを向いたり。さすがケニア人。こういうことはすごく頭が働く。遊びでなく、子どもにとっては真剣勝負だ。

あっという間に一時間は過ぎ、体育終了。楽しい時間だった。ここでの体育って、スポーツやルールを伝えるだけじゃなく、笑顔で楽しめる要素も取り入れていきたい。仲間の大切さもわかってもらいたい。そんな体育の授業をしたい。次の体育は何にしようか、また一つ楽しみが増えた。

9月11日 リフレッシュ☆

 今日の午前中、オフィスからの要請でキベラ地区に行った。なんでも貿易ミッションというものを日本とケニアでしているらしく、そこに日本からの使節団が来るので、そこで協力隊員の活動の様子を話してほしいというもので、協力した。

 キベラ地区一番のマンモス校(生徒数2000名を超える)で、そのセレモニーが行われた。まあスピーチ好きなケニア人の長い話から始まる。約30分。子どもたちも退屈している。そして子どもたちにおかゆ(porridge)を配った。まあ日本とケニアの交流の一環なので、それはそれでよかった。

 さてその後、バスの中で自分の活動のことやケニアの生活のことなど、その使節団の人たちに伝え、活動終了。あっという間の午前中だった。しかし、その後のランチはJICAの次長と調整員の方にケニア料理のバイキングをごちそうになり、ここぞとばかりに食べまくった。いやあこの日は一日30品目食べたような気がする。

 そしてその後喫茶店でコーヒーを飲んで、のんびりして職場に戻った。たまにはこういうのもいいね。リラックスでき、またリフレッシュできてよかった。

9月10日 ケニアの万里の長城☆

 あっと、地面に何かある。なんか万里の長城みたいだ。ケニア人と一緒に住んでいる教員住宅から歩いて20秒、その不思議なものに目がつく。おそるおそる見てみると、そこには無数のSiafu(蟻)が働いていた。一所懸命に食料を送っている。そのような万里の長城の中を走っているアリをみるのは初めてだ。

 そして、7時半に学校に着き、広場に行くとさらに長い長城を発見。全長3メートルほどの長城がそこにはあった。小さなアリが一晩かけて作ったものであるが、それは芸術だった。子どもたちは慣れてるせいか、あんまり興味を示さないが、俺は興味津津。食い入るように見ていた。写真も何枚撮ったか分からない・・・ぐらい興奮した。

 なんでも雨の次の日は、アリたちが活動するらしい。水で巣が水没したため新しい巣を作るのか、湿った地面は巣が作りやすいのか、理由は分からないがとにかく雨の次の日は働く。すごい労働力だ。 そんな感動的な光景が見れた一日だった。まあ夕方にはその長城も人間の通り道に作っていたため、壊されていたが・・・。アリもがんばって生きてるんだなあとふと感じた。

9月9日 奇跡☆

 この日はすごい雨が降った。夕方、子どもたちと一緒に運動場で遊んでると、遠くの空から巨大な黒い雲が迫ってくる。と思った10分語、激しい雨が降り始める。子どもたちも先生も、あわててダイニングに逃げ込んだ。

 それから約2時間、まったくやむことなく降り続いた。子どもたちはがっかりした様子で、ダイニングでテレビを見ていた。なぜなら、一日のうち運動場で遊ぶことと食べること一番の楽しみだからだ。

 ところがテレビを見ていた子どもたちに不幸は続く。なんと見ていたテレビが突然切れて、ダイニングの電気が切れる。停電である。暗いダイニングの中、やることがなくなった子どもたちは、一層落ち込む。

 そこで私は思いがけない行動に出た。ダイニングの真ん中に立ち、歌い始めた。

 “ Yeye ni mwanzo tena mwisho♪” 「彼が最初で最後の人だ♪」

 その一節しか分からないが、スワヒリ語で歌うキリスト教の歌だ。突然の歌いだしに子どもたちはびっくりしていたが、さすがケニア人。音楽を聴くと、すぐに気持ちが乗る。みんなで一斉に歌い始めて、大合唱になった。うれしそうに、たのしそうに歌った。

 その時、奇跡が起きた。歌い始めてすぐに、電気が戻った。テレビがついて、電気も復活した。大騒ぎだ。そこでダメ押しの一言。

 “ Kwa sababu nimeimba.” 「なぜなら、おれが歌ったからだよ。」

子どもたちは大喜び。本当に盛り上がった。ちょっと俺も満足だった。それから俺に対する握手とお礼の言葉が後を絶たなかった。いやあうれしかったね、こっちも。歌ってすごい力をもってるなあと感じた出来事だった。うんうん。

 その15分後、また停電したが・・・。まあそれもアフリカだから良しとしよう。

9月8日 授業教科ついに決定☆

 今日の朝、アカデミックセクション(授業担当)の先生がマネージャーの部屋に呼ばれた。キマニ先生とマサコさん、そして私の3人が行った。
まず、話したのは今後の授業についてだ。アカデミックセクションの主任の先生だったミアコ先生が今週から近くの町の小学校に転勤した。今後は実質3人で午前中の授業の時間をしていかなければならない。

 またもう一つ、マネージャーが私に言ったこと、それは週末(土日)の仕事についてである。ゲタスル更生院では、先生たちに週末のDutyがある。土日の2日間、7:00~18:00まで仕事がある。シフト制で、2週間に一回そのDutyが入る。しかしその代休というものは存在しない。月曜日から日曜日まで休みなく働いて、また月曜日から金曜日まで働くということである。2週間に一回土日が休みがあるだけ。そのDutyに10月から入ることになった。
いやあ、日本にいたときよりも大変である。休みなく働くからね。それも7:00~18:00までずっと。いやあ更生院をなめてたね・・・。ぼちぼちがんばろう。

さて次に3人で会議。今後の授業担当についての振り分けである。そこで私は、英語と体育を受け持つことになった。マサコさんは算数と体育。そしてキマニはスワヒリ語・理科・社会。やっぱりケニア人にたくさん働かさないとね。

そんなこんなでいよいよ、授業も決まった。さあ、気合い十分。やったるど。

2008年9月8日月曜日

9月6日、7日 敦さん、ありがとう☆

 6日、この日は朝から二日酔い。前日の久々のお酒にやられてしまいました。いやあ久し振りだなあ、この感覚。昔よく、こんな調子で土日の部活行ってたなあ。もうしばらくお酒をやめよう・・・。

 さてそしてこの日の夜、先輩隊員敦さんのお別れ食事会をした。夕方から料理を作って豪勢に行った。私の担当はコロッケと餃子。すべて手作りで、かなりおいしかった。敦さん、これからはウガリのかわりに寿司と女性のハートを握ってください。

 7日、この日は午前中洗濯をし、午後からタウンへ昼食を食べ、少し職場に寄り、またぼーっとしていました。休日やっぱり心が落ち着きます。

 それでは先週の問題の解答です。子どもたちがノートを使って作るもの、それは③の時計です。私が腕時計をしているのを見て、子どもたちはその時計に興味津津だったんだよね。そして何日かたつと、ノートで作った腕時計をしてました。いやあ、創作力抜群です。

 はい、今週も問題です。
 3.子どもたちが最近ビンの王冠で作るものは何でしょう?
  ①メガネ
  ②指輪
  ③ピアス
  ④時計

 それでは、正解はまた来週に。今週はそろそろ自分のやりたいことをどんどんしていきます。

2008年9月7日日曜日

9月5日 ヤギ(山羊)を食べる☆

  「メエー」っと朝、ヤギが更生院にやってきた。白くて、かわいいヤギだ。2時間後、そのヤギはおいしそうな肉となっていた。

 今日はエクステンションと呼ばれる、夕方から夜遅くまでみんなで酒を飲みながら親睦を深める日である。その酒の肴としてヤギを買ってきた。ここで、待っていました!と言わんばかりに、キマニ先生が登場。今日の主役はまさしくキマニ!持ってきた包丁でヤギをかっこよくシメる。そしてあっという間にヤギから肉にしました。

 それにしても、ヤギを少しも無駄にはしない。一本一本の脚も頭も料理となる。それを焼いて、スープのだしとする。もちろんそれで捨てることはせず、その後またそれを食べる。残るのは皮と骨だけ。これだけ食べるときっとヤギも喜ぶだろう。

 人間って本当に、死ぬまでにどれだけの生き物を食すんだろうな。そういう俺も、何頭の生き物を食べてきたんだろう。そう考えたら、食べることができるということに感謝しなきゃ。

 初めて食べる山羊はそれほど臭みもなく、やわらかく食べやすかった。塩を振って焼くだけのnyama choma。これが肉を最高においしく食べる方法だと思う。いやあ、またまた幸せ。と同時にまた太った。プチメタボ→ややメタボ に変わってきたかも・・・。また走ろう。てか、男性隊員は本当に痩せることができるんだろうか・・・と疑問にケニャイチローだった。

9月4日 「今日、俺農場に行くよ。」

 “Leo nitakwenda shamba.” 「今日、俺農場に行くよ。」

 今日は一緒に畑仕事をしたかったので、希望して農場へ。そこで、日本の農作業を見せる。子どもたちは突っ立って、一回いっかい鍬を振り上げては、余分な力を入れて土を耕す。はあ、わかってないよ、農作業を。そこで手本を見せる。腰を落とし、余分な力を入れず、少しずつ土を耕す。いやあ、教えてくれたじいちゃんに感謝だね。

 まあ子どもたちは何かにつけて、よく休憩するが・・・。それでも、歌をうたって励ましたり、一人ずつ名前を呼んで声をかけたりして、子どもたちをやる気にさせる。これもなかなか楽しい。

 昼は珍しく外食。今日は近くの豚肉専門店で豚肉のポークステーを食べる。これがまたうまい。先生方と一緒にがんがん食べてしまった。話もはずんだしね。いやあ・・・また太った。

9月3日 Matunda (果物)

 午前中がいつものように会議。いつも3時間ぐらいかかる。以前よりはスワヒリ語を聞けるようになったが、まだまだわからないことは多い。これからだ。

 子どもたちは食欲旺盛。隙あらば、いつでもどこでも食べ物を狙っている。そこで今回彼らが目にしたものは、小さな木の実がなる高さ5メートルほどの木だ。この日は、子どもたちにビタミンCをとらせようと考えた私は、久々に気に登る許可を出した。

 すると子どもたちは嬉しそうにヒョイと木に登り、次から次へと木の実を落としていった。あっという間に約350個をとった。しかしやはり更生院の子どもたち。しっかりしている。木から下りてきた子は、ポケットがなぜかふくれている。そのポケットに手を入れると、そこにはたくさんの木の実がある。まったく、仕方がないやつらだ。一人ひとり愛のあるげんこつを与え、木の実を没収。まあ当り前のことだね。

 そして約60人いる子どもたちに6個ずつ渡す。みんなすごくうれしそうだ。

 “Mwalimu, asante sana.” 「先生、どうもありがとう。」

 こういうときはすごい笑顔で素直な子どもに変わる。その「ありがとう」を聞くだけで、うれしくなる。食べ物、今の子どもたちが一番喜ぶもの、それは食べ物なんだなあ。

9月2日 「先生、退屈だよ。」

 この日は平凡な一日。午前中、近くの店でバナナとパンと水を買った。水は1リットルで60シル(約102円)で少し高め。日本と同じくらいかな。バナナとパンはどちらも5シル(約8円)でかなり安い。毎日このバナナとパンが朝ごはんである。最近はずいぶん地域の人と仲良くなってきた。
 昼から子どもたちはずっとダイニングでテレビを見ていた。そうすると子どもたちは退屈に感じてくる。

 “Mwalimu, nimeboweka. Tuende uwanja.” 「先生、退屈だよ。運動場に行こうよ。」

 といつも言ってくる。
 うーん、この昼に何かできることはないかなあ・・・。と考える。15分、20分・・・。ぼーっと考えてみる。とりあえず、この昼の時間をどうにかしたい。よし、そろそろ積極的に動くかなあ。やりたいことを考えよう、そう感じた一日だった。

9月1日 ウガリ職人☆

 今日は朝から、子どもたちの給食を作った。小さな給食場で、主食のウガリを作った。ウガリは、トウモロコシの粉をお湯で練って作る、甘くないカルカンのようなものです。これがまた一苦労。大きな鍋にお湯をわかし、そこにトウモロコシの粉を少しずつ入れる。そこからちょうどいいかたさと加減になるように、混ぜるための長い木で、約20分くらいこねる。暑くなるし、疲れる。けど、この日の給食はすごくおいしそうに食べていた。

 さて、昼いきなりマネージャーに誘われた。

 “Ken, Tuende town.” 「ケン、タウンに行こう」

 そして同僚のマサコさんと一緒に言われるがまま、タウン行きのマタツに乗り込んだ。着いた先は、すごくきれいなレストランで魚がおいしいと評判のお店だった。そこで、ティラピアという魚をごちそうになった。なんと30センチを超えるような大きな魚の素揚げで、それにカチュンバリ(トマトと玉ねぎのピリカラサラダ)とスクマウィキ(ケール)

 そしてウィンビー(ウガリのようなもの)が付いていた。350シル(約600円)とケニアでは高めだが、むちゃくちゃおいしかった。幸せな一日でした。

2008年9月1日月曜日

8月30日、31日 生きるための水☆

  30日(土)は水汲みをした。私の現在住まわせてもらっているところには水道はあっても水は出ない。そこに水が通ってないのだ。そのため、毎朝タンクに水をためなければならない。近くの共同で使う水道まで行って、約20リットル入るタンク6つに水をためる。その水をボランティアティーチャー4人が使う。トイレや歯磨き、お風呂(といっても、水浴びだが・・・)、洗濯、料理などすべてに使う。この水は透明でなく、少し茶色なところがアフリカっぽい。私はそのまま飲むことはできないが、子どもたちやケニア人の先生たちはそのまま飲む。まさに生きるための水である。また水に関してはくわしくはなしていきたい。

 31日(日)は先輩隊員(三木さん、奈緒さん)と喫茶店や近くのスーパーで買い物をした。のんびりと飲むミルクセーキは甘くておいしかった。またドミトリーに帰ると同じく先輩隊員である気賀澤さんがレアチーズケーキを作っていて、それをいただいた。ああ、幸せな一日だったなあ。食べてばかりの日でした。また太った・・・。

 さて先週のクイズの答えです。Ujiやチャイを飲むときすることとは・・・。
 正解は③「コップ一杯に入れる」が答えでした。

ケニアでは相手に対し、飲み物をコップに入れる時、その歓迎の大きさを表すため、コップ一杯に飲み物を入れるんです。さてどうだったでしょうか。

 それでは今週も問題。
 問題2.最近更生院の子どもたちがノートを使って作るものとは何でしょう。
① 時計
② 携帯電話
③ 指輪
④ 財布

 それでは、解答はまた来週。今週も良い一週間をお過ごしください。