2008年11月25日火曜日

11月25日 日本で待っている大切な人へ


 今何してるかな 君も見ているかな オレンジ色に染まる空を 朝日に変わる夕陽を

 涙こぼしあって泣いた夜も くだらない話で朝まで笑った日々も 
 
 忘れない 今の僕を支える宝物だから 離れていても感じるあなたの優しさ 

 だからどこにいたってもう一人じゃない どんなことあってもくじけない

 空と海が重なったあの島のような 離れても同じ色に優しく混ざり合う

 ほら寄り添うキズナ

                          ~『キズナ』(オレンジレンジ)より~

 誕生日おめでとう。

2008年11月24日月曜日

11月20日 危険なトウモロコシ★

 朝から、大きい子どもたちが奥の教室にマヒンディ(トウモロコシ)を運んでいる。そして教室中に大量のとうもろこしを出していく。そして何か撒いている。そこで、子どもに聞いてみた。

 “ Unafanya nini? ” 「何をしているの?」
 “ Naweka dawa. ” 「薬をまいてるんだよ。」
 “ Dawa ya nini? ” 「何の薬?」
 “ Dawa ya kuua wadudu. ” 「虫を殺す薬だよ。」

 それって、つまり農薬だよね。それを直接食べる前のとうもろこしにまいてるんですか・・・。それ今度食べるよね・・・??

 そんな疑問が頭の中に出てくる間も、子どもは先生に言われたように一生懸命とうもろこしに農薬をまいている。案の上、教室の近くに行くと、嗅いだ記憶のある、あのにおいが!やっぱり農薬だ。

 昔近所のおじさんが、農薬をまくとき危険だから家じゅうの窓を閉めてくれって言ってたっけ。そんな農薬を直接トウモロコシにまいて、少しして食べる。大丈夫ですか??それがケニアスタイルですか?

 けど、おれだけそのトウモロコシを食べないわけにはいかないし、みんな食べるし。複雑の心境の中、今日もそのトウモロコシが入っているギゼリを食べます。

11月18日 手紙書きました☆


 今週の英語の授業は、手紙の書き方について学習した。実は、子どもたちは生まれてこのかた手紙を出したことのない子たちばかりで、誰かに手紙を書くっていうことだけで、すごくウキウキしていた。

 今回の手紙を書く相手は、私が交流している日本の学校2校。一つは高校、そしてもう一つは小学校へと送るものだ。そして考えたのが、スタンダード1~4までの子どもたちは小学校へ、そしてスタンダード5~8までの生徒は高校へ送ることにした。

 この日はスタンダード1、2そして7、8の生徒が手紙を書いた。まず個人のノートに下書きを書かせる。そして私が添削を最小限して、手紙に清書するというものだ。スタンダード7、8の子はさすがにスラスラ英語を書いていく。あまり俺に質問することなく。

 問題はスタンダード1、2だ・・・。まずアルファベットや自分の名前すら書けない生徒がたくさんいる。まあほとんど学校に行っていない生徒だ。英語なんてわかるわけがない。しかしどうやって手紙を書かせようか。とりあえず一人ひとりに名前の書き方を教えて、その名前の練習で約30分使う・・・。そして次に英語の手紙になるわけだが、アルファベットが書けない生徒に手紙は正直無理だ。

 そして考えたのが、絵日記だ。まずトピックを与える。「自分が毎日食べているもの。」「自分が大きくなったら、なりたいもの。」この二つである。そして、水を得た魚のように絵を描き始める。英語でなく、絵になると子どもたちは強い。どんどん描いていく。そしてあっという間に描きあげてしまいました。

 それにしてもすごい集中力だったなあ。ほとんど誰もさぼらないし。真剣なまなざしで、書く内容を考えてるし。教えるだけじゃなく、子どもたちの自主性を大事にする、こんな授業もいいなあ。

この手紙が、自分たちの全く知らない異国の日本に行きます。子どもたちのたくさんの想いを乗せて。

11月17日 元気もりもり☆


今日はケニア料理、日本料理を満喫できた一日だった。昼はチルドレンオフィサーの一人、Madam Karen の提案で先生方一人20シルずつ出して、チャパティを食べることになった。彼女はチャパティの粉を近くのDuka(お店)で買ってきて、家に調理に向かった。 昼過ぎ、大量のチャパティを持って再び登場。

 このチャパティとおかずがまた合う。チャパティはほんのり甘く、おかずの味を引き出す。日本ではチャパティといったら、インド料理でカレーと一緒に食べるのが一般的であろう。だが、ケニアではそのまま食べたりもする。ケニア人大好きな主食の一つである。

 夜は、最近めきめき力をつけ始めてきた、ケニア料理界の新星、ケニャイチロー料理人のクッキングの時間。この日は地元の店で買った新鮮なにんにくと玉ねぎ、そして激安の牛肉がメインである。この日のメニューはケニア風牛丼である。作り方は以下の通り。

① にんにくを薄くスライスし、玉ねぎを切っておく。
② 鍋に油をひき、にんにくが軽くきつね色になるまで炒める。
③ その後約250グラムの肉を入れて、炒める。
④ 肉がきつね色になったら、玉ねぎを入れて炒める。
⑤ 玉ねぎがしんなりしてきたら、しょうゆ・水・砂糖を2・1・1でといたものを入れる。
⑥ そしてふたをして、約10分中火で煮ると出来上がり。

 簡単なだけに俺向き。これでごはん1.5合はいけます。というわけで、この日もたくさん食べて元気もりもりです。

11月16日 笑顔の泡合戦☆

 毎週土曜日の朝は、General Cleaning(一般掃除)の日である。子どもたちは朝起きると、いつものようにドミトリーや学校のそうじをする。これは毎日の日課である。しかし土曜日は、このあとに自分の持ち物の掃除をする。

 たとえば自分の私服。毎日ドミトリーに入ると子どもたちは私服に着替える。その汚れた服をごしごし洗う。

 次にブランケット(毛布)。これは二人一組になって、共同で洗って、一緒にしぼって干す。これがまた平和な光景だ。

 最後に自分たちが使ったサッカーユニフォーム、そしてドミトリーのカーテンを洗っておしまいである。けど、この洗濯は嫌がらない。あせらず自分のペースで洗濯ができる。多少さぼっても怒られない。子どもたちはそんな時間が好きなのである。

 そんなのんびりとした時間はもっと和やかになる。遊びたい盛りの年頃。洗剤をいれたカライ(たらい)が泡だらけになると、子どもたち同士で泡をぶつけ合う。他のケニア人の先生は怒るのだが、おれは怒らず笑ってる。土曜日ぐらいリラックスした時間をあげたい。そんな笑顔の泡合戦がこっちもうれしくなる。泡だらけの子どもたちの顔を見て大笑い。その俺を見て、子どもも大笑い。

 “ Mwalimu, ona!!” 「先生、見て!!(笑)」
 “ Vizuri! Uko smart!” 「傑作だね!かっこいいよ!(笑)」

 更生院だけど、こんな時間も大切。子どもが心から笑えるそんな時間。俺もこの時間が大好きだ。

2008年11月15日土曜日

11月15日 クロミと二匹の子ネコ

 うちの更生院で飼っているクロミ(ネコ)には二匹の子どもがいる。最近走り始めることができて、甘え盛りの二匹。わんぱくざかりで、いろいろ散歩しては、走りまわる。そして二匹でじゃれあって、その姿がなんともいとおしい。けど、その姿を見ることはもうできなくなった。

 この日、ある子どもがなまったスワヒリ語で悲しそうに俺に話しかけてくる。わけがわからず、子どもが「ついてきて」というので、そこに行ったとき、言葉を失った。

 子ネコ一匹はそこに無残な姿で死んでいた。そしてその奥でもう一匹も死んでいた。

 えっ、昨日まであんなに元気だったのに。・・・。なんで・・・? なんでも昨日の夜、いつも更生院の台所に入って寝ている二匹がその日は入らなかったらしい。そして夜、野犬に襲われて、死んだということだ。

 その日、あまりなかないクロミが俺を見ながらずっとないていた。やっぱり何が起こったのか、わかっているんだろう。その姿がまたつらかった。

 昼ごはんはクロミと子ネコたちが大好きなキャベツの炒め物が出た。それをいつもよりたくさんクロミにあげた。けど、そこにはいつもいる子ネコ二匹の姿はなかった。

 生まれて約1か月半ぐらいだったかな。子ネコがこの更生院の生活に慣れたところでの出来事。慣れってやっぱり怖い。どこに危険があるかわからない。それは動物でも人間でも同じだ。この子ネコたちの死を無駄にしない。

11月14日 マフタ

 朝、子どもたちが楽しみにしているものがある。男はやはり身だしなみ・・・そんなことを言いそうな子どもたちにピッタリなもの、それが「マフタ」だ。

 「マフタ」とは、言ってみれば肌荒れ防止用クリームみたいなものだが、これを「マフタ(あぶら)」と現地の人は言っている。このマフタを毎日少量ずつ子どもに渡される。sの少量のマフタを子どもは大事に大事に使う。少しのマフタも無駄にしないように。

 まず子どもたちは足の先から太ももまでを塗る。(まあ個人差もあるが)そして次に手のひらや腕にそれを塗る。最後に顔や首、そして頭までそれを塗る。これで完了。塗り終わった子どもたちからは満面の笑顔と自信たっぷりの誇らしげな顔があふれてくる。

 そんな子どもたちも私を見ると、

 “Mwarimu! Karibu!” 「先生! どうぞ!」

 と言ってマフタを差し出してくる。けど、そんな少量の大事なマフタをさすがにもらうことができず、いつも笑顔で

 “Asante. Nitapaka baadae.” 「ありがとう。後で塗るから。」

 と言って、子どもたちの気持ちを受け取る。そんな少量のマフタが子どもにとっての楽しみ。けど、それは少量でも、子どもにとっては大量の楽しみなんだろうなあ。

11月11日 木こりさん

 本当にケニアの子どもはすごいよ。だって一本の太い木を子どもたちだけで、それも斧だけで切り倒すからね・・・。

 今日は、車が通るのに邪魔な一本の木を切り倒すことになった。背の高い力の強そうな子どもたちが農業の先生「ビス・コマンダ」に呼ばれる。そしてそれほど、大きくない斧を持たされる。いったい何がはじまるのかと思いきや、いきなり入口の象徴ともいうべき木を斧で切り始めた。
 おいおい、それをその小さな斧で切るのかい・・・?と思っていたが、子どもたちはどんどん木を切っていく。木の幹を切ろうとする子、木に登って枝を切る子さまざまだ。けど、あっという間に気を切り倒した。

 切り倒した木はさらに細かく切り、子どもたち約20人が運び出した。文句も言いながら、ケンカもしながら(木の持つ場所の争いでケンカ・・・しょうもない)少しずつ運んでいく。けど、運び方も子どもたちは工夫するんだね。木をそのまま持つと持ちにくいので、少し太めの枝を使って持ちやすくする。ここらへんは、さすがケニア人だね。見習わなきゃね。

 そして太くて立派な木があっというまに料理用の薪になってしまいました。恐るべしケニア人。

 ところで、今日11月11日は俺の車の免許を取った日であり、去年の今日は奥さんと結納した日だなあ。時がたつのは早いなあ。

11月9日 手作りカレー☆

 今日は一日のんびりした。久々の休みで予定も何もない一日。ぼーっとゴロゴロ過ごす日って必要だね。体調も治ったばっかりだし、この日はブラブラ散歩したり、自炊したりした。

 近くのカベテショッピングセンターへ行き(と言っても、単なる小さな店と市場が並んでるだけだが・・・)、じゃがいも・にんじん・玉ねぎそして牛肉を購入。全部で90シル(約120円)とかなり安い。肉が250グラムで60シル(約80円)はお得だよね。

 そして家に帰り、いよいよ調理開始。この日は送ってもらったばっかりの「こくまろカレー」を作ることにした。野菜を切って、肉と一緒にそれらを炒めて、そして水を入れて・・・。 けっこう料理に慣れたせいか、けっこう手際がいい。ごはんも炊き終わり、そしてカレーも出来上がり。久々のカレーに感激して、ごはん2合ちかく食べました。肉も骨つきのものがあり、かなりワイルドに食べました。

 いやあ日本食、やっぱり最高です。

2008年11月9日日曜日

11月8日 「かっこいい!」「スキ!」

 この日は、友人きゃくちゃん(理数科教師)の任地マチャコスへと出かけて行った。ケニア隊では赴任して3ヵ月間は「3ヵ月ルール」といって、自分の任地以外を行ってはいけないことになっている。もちろん旅行もダメである。そしてついにその3ヵ月がたったので、友人の任地訪問へ出かけた。

 自宅からマタツ(乗合バス)を乗り継いで約2時間半。マチャコスに到着した。マチャコスは田舎すぎず、都会すぎず、実に住みやすそうな町だった。そしてきゃくちゃんと一緒に活動先のMumbuni Girls Schoolへと向かった。

 そこは全寮制の学校で、この日の朝はみんな洗濯やそうじなどをしていた。そして俺をみるやいなや、

「こんにちはーー」

 と大きな声で日本語のあいさつをしてくれた。日ごろ男子更生院で男子にしか相手をしない俺にとっては、すごく新鮮だった。そして次から次へと興味しんしんで、ギャラリーがどんどん増えてくる。
 そして近づいていくとあちこちから、うれしい声が飛んできた。

 「カッコイイ!」
 「スキ!」


 おいおい。ちょっと照れるで・・・。ってか、きゃくちゃん、あなたはどんな日本語を子どもたちに教えているの??

 ということで、今までの人生でそんなに言われたことのない言葉を今日はたくさんもらった。まさに人生最良の日。意味はそんなにわかっていないだろうけど、言われるほうは気分いいね、やっぱり。

 その後、昼ごはんを食べに行った。そこでもう一人のマチャコス隊員遠藤さん(小学校教師)と合流して、一緒に昼ごはん。マチャコスはカンバ族が多いので、その伝統料理も食べ、大変満足のごはんでした。

 その後は遠藤さんの活動先、以前いらっしゃった五味さん(指圧)の活動先の学校や指圧クリニックへと行った。そこで、指圧マッサージ。気持ちよかったなあ。そしてそのままマタツで自宅へと帰りました。

 けど、気分のいい一日だったなあ。(モテたから) またきゃくちゃんの活動先・・・いや任地訪問に行こうっと強く思った一日だった。

11月6日 最高の組み合わせ☆

 本格的に自炊が始まった。男性隊員はいかに自炊して栄養をとるか、これにかかっている。俺も正直、日本にいたとき、ほとんどといっていいほど自炊をしなかった。それがここケニアですることになるなんて。
 といっても簡単な料理しか作れない。炒めるか焼くか、それとも茹でるか。そんなもんんだ。しかし今日作った料理は最高の組み合わせを持っていた。

 まず近くのDuka(店)で卵を2個買った(16シル)。それだけだ。帰っていよいよ調理開始。まずケニア独特の薄い鍋に油をひき、溶き卵を焼き始める。しっかり焼けたところで冷や飯を入れる。しっかり炒めたら、仕上げに「永谷園 五目チャーハンの素」を入れて混ぜて出来上がり。えっ、ただのチャーハンじゃんって。・・・。

 次にお湯をわかす。そして沸騰したら、あらかじめ「わかめスープの素」を入れてあるお椀に湯を注ぐ。そうするとわかめスープの出来上がり。えっ、それもインスタントじゃんって。・・・。

 ということで今日の食事はチャーハンとわかめスープ。これがまた最高の組み合わせで、かなりうまかった。幸せ。その後、食後のおやつとして、抹茶ミルクと「ふんわり名人 きなこ餅」をいただきました。これも最高の組み合わせ。ってか、すべてインスタントだな・・・。

 というわけで、こういう食事だけじゃなく、ちゃんと野菜炒めを作ったり、野菜スープ(手作り)を作ったりしているので、まあまあ自炊できています。けど、改めて奥さんや母の苦労がわかった瞬間でした。

11月5日 「ちゃんと座らんかい」

うちの更生院の生徒はどうして真剣に人の話が聞けないのだろう・・・。というイライラがたまった出来事があった。

 ケニアにきて4か月。いろいろな場面で子どもたちと接してきた。そのつど、こいつら全然話をきいてないな、と思う時がたくさんあった。ケニア人がスピーチ大好きで、かなり長いという理由もあるだろうが、それにしても子どもの集中力は短い。ごそごそしたり、よそ見したり、隣の友達と話したり。

 百歩譲ってそこまでは我慢しよう。しかしうちの更生院のやつはその上をいく。とくに地面に座らせて、話を聞かせる時なんて最悪だ。話が始まって約5分。一人が寝転がる。そして次々と増えていく寝転がり族・・・。そして100人中30人ほどが寝転がる。

それだけではない。その後本当に熟睡が始まる。先生の話なんて全く聞くつもりはない。こいつら・・・。そしてこの日、ついに堪忍袋の緒が切れた。

 この日は午後から隣のリマンドスクール(裁判をまつ子どもが生活する施設)から、3人の先生が来てくれた。日ごろ口をすっぱくするほど言い聞かせている、「人の話を聞くときは寝るな!」。さすがに今日は守ってくれるだろうと考えていた。甘かった・・・。

 お客さんが来ても関係ない。寝るときは寝る。おもしろくなければ話を聞かない。そして寝転がって、寝ようとするものが増えた。

「カチーン」

 ついに限界を超えた。一人ずつ力づくで起こし、怖い顔で子どもたちを見た。

 “Unafanya nini? Kaa vizuri.” 「何をしているの・・・? ちゃんと座らんかい」

 さすがに子どももただ事ではないと思ったらしく、すぐに起き上がる。それを見ていた他の子どもにも緊張感が走る。てか、できるなら最初からしとけよ!と思うような変わりぶりだ。

 まあ実際は難しいのもわかるが・・・。子どもたちは3ヵ月したら次の更生院へ。また新しい子どもが入ってきて一から教える。わからないでもないが・・・。けど俺もそんな寛容ではない。まったく・・・。更生院の子どもの難しさは、まだまだわかってないかもしれないが、本当に難しい。うーん、これからだな。

2008年11月4日火曜日

11月3日 ダンボールいっぱいの家族の愛情☆

 最近よくないことが続いていた。怪我したり、病気になったり、英語がしゃべれなくなったり・・・。そんなマイナスをいっぺんに吹き飛ばしてくれる、そんな一日だった。

 この日、元気になった報告のためオフィスに行った。調整員の方や健康管理員の方にすごく心配されていた。そして、病気やけがの報告書を合計8枚も書いた。そのときだった。調整員の一人が一枚の紙を渡してくれた。

 「黒明さん、荷物届いてますよ。」

 それは妻が9月9日に日本から送ってくれた小包である。やることを済ませ、はやる気持ちを抑えて、早歩きでウフルパーク(隊員は行ってはいけない危険区域)の横を通って、郵便局へと急いだ。そのとき、携帯にショートメールが入る。

「ウフルパークで2名が銃殺されました。周辺状況に気をつけてください」
「・・・(恐怖)」

 なぬーーー!?今横を通ってますけど。よりによってこんなときに・・・。郵便局まで約500メートル・・・。走るべきか、このまま早歩きか、それとも前にいるケニア人の横で一緒に行くか、それほどまでこわかったよ。最近ケニアでは、銃声が聞こえる日もあるし・・・。

 そしてびくびくしながら、やっと郵便局に到着。EMS(国際スピード郵便)のオフィスに行き、関税で3500シル(約4500円)ほど払った。そして係の人にIDカードを見せ、サインをして。やっと受け取ることができた。俺のところまで来るのに約2か月かかった荷物。すごくうれしかった。

 さてここからが、大変だった。凶悪事件が起きた周辺。重い荷物だったためもちろんタクシーで帰ることにした。しかし、いつも使っているタクシーがこの日はつかまらない・・・。周辺には怪しそうなおじさんが、タクシーに乗らないかと誘ってくる。これは乗れない。

 どうしようかと考えた結果・・・、乗合バス乗り場まで歩くことにした。もちろん人通りの多い場所で、人の良さそうで強そうな人の横をがっちりキープして。いやあドキドキしたよ。そして歩くこと10分、ようやく乗り場まで着いた。そして自宅へと。

 自宅へと帰って、まず一番にダンボールをあけた。うわー。はじめに目に入ったのが大好きなおかし「ふんわり名人 きなこ餅」だった。そして次から次へと出てくる日本食の数々。カレーのルー、お茶漬けの素、カップラーメン、チャーハンの素、ふりかけ、おにぎりせんべいなどなど。

 そして妻「ゆあみ」からの手紙もあった。その中には6つのひょうたんが付いているストラップがあった。妻のお父さんからのもので、「無病息災」の意味があるものだった。すぐにケニアの携帯にそのストラップをつけた。

 ダンボールいっぱいに入った家族の愛情。妻だけでなく、父や母もたくさんの食べ物を入れてくれていた。その一つひとつに「がんばれ」って応援してくれている想いを感じた。ここケニアにいても一人じゃないって思えた。離れてみて感じる家族の大切さ。

 大学時代、新潟にいて家族から荷物が届いたとき、号泣した時があった。あのときの感じに似ている。あのときにおばあちゃんが入れてくれていた「ナタデココゼリー」が、めちゃくちゃうまかったなあ。

 家族の温かな贈り物。食べ物以上に、大事なことをもらった。明日もきっとがんばれる。ありがとう。

2008年11月3日月曜日

10月31日 隣人① その2

 先々週紹介した隣人の女の子たち。名前も教えてもらえず、ただ通り過ぎの笑顔をくれていた子たちと仲良くなった。

この日の夕方、その子たちは私の家の前でお母さんと一緒に楽しそうに話をしていた。そして俺を見るなり、手を振ってくる。以前より警戒心のない最高の笑顔で迎えてくれる。

けどさすがケニアの女の子。おしゃれが4,5歳ぐらいから備わっている。自然とその子たちの耳に目がいく。そこにはきれいな草が付いている。この子たちは耳に穴をあけていて、そこに自然のピアスをつけているのだ。感心しておもわず言った。

 “ Warembo!!” 「美人たち!!」
 “ Eh-!” 「もちろんよ」


 と思いもよらない自信たっぷりの返事にまた感心した。さすがケニア人女性。こんな年からそんな自信を持ってるなんて。そして近くにたお母さんが俺の名前を聞く。しめた、チャンスだ!と思い、俺の名前を教えた後、子どもたちの名前を聞いた。

「こっちがエリザベス、こっちがジェニファーよ」

 お姉ちゃんのエリザベス、そして妹のジェニファー、二人とも本当に笑顔の素敵な姉妹である。最近は妹のジェニファーはかなり私になついて、手をよくつなげてくる。家に帰ると遊びに来るし。ということで隣人にも恵まれています。

10月28日 寝込む★

 ついに来た。ケニアを甘く見てた。この日から3日間寝込んだ。27日(月)の夜、今まで経験したことない寒気を感じる。ジャンバーを着ても、毛布をかけても、寒すぎる。おかしいと思ったが、寝るしかない。そして夜中、おなかが痛くなったり、吐いたりしてトイレにこもる。ほとんど一睡もできず、朝を迎える。付け加えて頭痛とめまいがする。そして熱が37.9℃まで上昇。これは正直やばい。ということで電話して活動を休ませてもらい、そのままJICA医療担当の方と一緒に再びDr. Ajayの病院へ。

 血液をとり、便をとり、マラリア検査を2回もして。結局マラリアではないようだが、病名を教えてもらえず、それが一週間たっても教えてもらえず・・・。結局なんだったんだろうね。

 そして家に帰らずJICAドミトリーに帰って、そこから3日間寝込みました。体重は3キロ減。友達からもらったポカリスエットと果物しか食べれらないからね。おかげでプチメタボは解消しました。
 健康は大事だね。金曜日帰ったが、その日は大量の水、大量の蚊取り線香を買ってしっかり対策しようと心に決めました。あと必ず10時には寝ます。

10月25日 英語しゃべれない★

 私、中学校の英語の先生なんだよな・・・。と自信をなくした日だった。先日の夜、運動場を歩いていたら、アカシアの木(とげがたくさんある木)を思い切り踏んで、そのとげが靴を通りこして足に1センチ以上突き刺さった。その時はあまりの激痛に立つこともできなかったぐらいだ。

 この日、3日たっても足の痛みが消えないので、JICA専門医のDr. Ajay(インド人)の病院に行った。病院に着いて待つこと10分、診察室に入って行った。
 
 “What happened?” 「何があったんだい?」
“3 days ago, I (tembea)・・・walked through (uwanja) ・・・the ground・・”
 「3日前に、・・・運動場を・・歩いていると・・」


 あれ、英語しゃべれない・・・。英語より先にスワヒリ語が出てくる。とすごくあわてた。このドクターの英語も聞き取りにくいのだが、それにしても俺の英語がかなりぎこちない・・・。しまいにはスワヒリ語と英語両方で説明する始末。

 医療用語の英語も遠慮なく使うドクターに、必死で説明する私。そしてついにとどめを刺された・・・。ドクターは持っている携帯で、JICAの医療担当の人に電話し、

 “ He has a problem to communicate.” 「彼との意思疎通に問題があるんだ。」

 ガーーーン。英語を専門的に勉強して約10年。まさか、ここでそんなセリフを言われるなんて・・・呆然とする私を気にすることなく、話は世間話までいっている。

 1年半後日本に帰るが、英語教師としてやっていけるのだろうか・・・。中学校でスワヒリ語教師募集してませんか?と本気で考えてしまう出来事だった。

10月24日 昼ドラ☆

 いつもは私が来ると嬉しそうに握手を求めたり、話しかけたりしてくれる子どもたち。しかしある時間帯だけ、まったく私が相手にされない時間がある。

 それは昼ごはんを終わったあとの昼ドラ(お昼のドラマ)を見る時間。テレビのあるダイニングに入っても、ほとんどの子どもたちが気付かない。授業している時やサッカーをしているときよりも、一段と集中力が増す。それも大好きな恋愛ドラマ

 10歳から18歳だもんね。ドラマの登場人物の一言一言を見逃さない。大事な場面になると、なおいっそう気合いが入る。いやいやそこまで体を前のめりにしなくても・・・と思う場面はしばしばある。

 そういえば、俺もドラマの中のセリフを実際使ったこともあったなあ。特に高校時代・・・。今考えても怖いもの知らずでドラマティックだったなあと感じる。そんなドラマを熱心にみる子どもたちに、早く良い相手が見つかりますように。

10月23日 セメント職人

 更生院の子どもたちにはたくさんの仕事がある。食事当番や牛当番など。本当に働き者が多い。その中で今日はいつもと違った仕事の光景を見た。

 生徒二人がシャベルでなんだか灰色の土をこねている。水を少しずつ足しながら、適当な固さになるまで。そして出来上がったものを更生院の道や壁に塗りつける。なんと、子どもたちはそのような補修までする。

 一人がシャベルで、それぞれのくぼみや穴にセメントを入れていく。そしてもう一人が、ヘラでそのセメントを上手にまっすぐ整えていく。初めてやったとは思えないぐらい息はぴったりだ。そういえば俺セメントなんて作ったことなければ、塗ったこともないなあ。

 絶対生きる力は、俺なんかよりケニアの子どものほうがあると感じた・・・。