おれのやっている活動って、本当にケニアの子どもたちのための活動なのだろうか?
なんのために、英語や数学など教えているのだろうか?
そう思える出来事がこの日起こった。先輩隊員に誘われ、先輩の任地・セントラル州ニエリの街に着いた昼ごろ。ストリートチルドレンの男の子たちが俺の元にやってきた。
“ Twende kunywa chai huko hoteli.” 「そこの喫茶店にチャイ飲みに行こうよ」
“ Umenikumbuka? Nimekukumbuka.” 「僕のこと覚えてる?僕はあなたのこと覚えてるよ。」
そうやって話しかけてくる男の子たち。こうやって近づいてくる男の子たちはほとんどの町と言っていいほど、必ずいるものだ。この日なぜか、今まで言ったことのない言葉が出た。
“ Ukuje Getathuru Rehabilitation School. Ninawafundisha kingereza na hesabu.”
「ゲタスル更生院においで。俺が英語と算数を教えるから」
そう言うと、子どもたちの一人が表情を変え、すごい勢いで話し始めた。
“ Mimi nilikuwa Kericho Rehabilitation School. おはようございます!」
「俺、ケリチョ更生院にいたんだよ。ほら、「おはようございます」」
えっ。・・・。言葉が出なかった。てか信じることができなかった。以前いたケリチョ更生院にいた日本人ボランティアが教えた日本語も覚えていた。この子がケリチョ更生院にいたことがあるってことは、もちろんその前のゲタスル更生院にもいたことがあるんだ・・・。そう思うと言葉が出なかった。3年間の更生院生活を過ごしたのち、地元に戻ってまたストリートチルドレンに戻っていたのだ。勉強や職業教育もしていたはずなのに。
このような子は少なくない。最長3年間の更生院生活を過ごしても、ストリートチルドレンに戻ったり、麻薬に再び手を出したり、犯罪に再び手を染めたり。更生院を出てからのアフターケアは全くなく、再び何もない地元に戻る。そこで子どもが待っているもの、それは希望とは程遠い。孤児の子は家族がなく一人で生きる術を探す。家族がいたとしても学校に行くお金がなければ、その日暮しの生活をする。それがたとえ悪いことであろうが、生きるためには泥棒や犯罪者にもなる。受け入れがたい現実だ。
おれの教えている子どものうち、何人の子どもが3年後ふつうの学校に行って、何人自分たちの描いている夢をかなえるんだろう。今一緒に笑ってる子どもたちが、大人になってこんなに心の底から笑えるんだろうか。自分一人ではどうにもできない現実がここケニアには存在する。
2 件のコメント:
くろちゃん
うん。一人じゃなんともできない問題だね。
なんか、考えると悲しくなる。
が、彼らの中に、勉強をした、誰かと交流をして心が通じた、という記憶は 人生を生きていく中で、何かのきっかけになるのかもしれない。
と思いたい。信じたい
自分を思ってくれてる人に出会えたことは、
人生にとってたぶん素敵なことだから
あかね
この日はかなり考え込んだ日だったんだ。現実は厳しいけど、あかねの言うように何かのきっかけになるために毎日一緒にいる意味があるんだと思うわ。
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