2009年12月7日月曜日

11月30日 我が家のような更生院


 久々の職場。久々の授業。久々の子どもたちとの会話に、久々の更生院の食事。最近は、更生院から少し離れて帰ってくるたび、我が家のような安心感を心に感じる。

 “ Nimerudi. Habari za siku nyingi?” 「ただいま、久し振り。」

 そういって同僚にあいさつ。同僚も笑顔で迎えてくれる。子どもたちも私の姿をみるなり、大歓声と拍手、そして真っすぐな笑顔で迎えてくれる。

 「ああ、家に帰ってきた。」

 そういう嬉しさでいっぱいになる。一人ひとりと握手を交わし、タンザニアでの思い出話をしたり、更生院の様子など聞いたりする。新しく来て知らない子どもたちも多くなっている。そんな子どもたちにスワヒリ語で話しかけて、びっくりさせる(東洋人がスワヒリ語を話すから)。そんな驚かすことも日課となっていて、当たり前の日常が心地よい。

 授業でも相変わらず、態度の悪い生徒に愛のげんこつ。授業を中断して、得意の雑談が始めて、子どもたちとコミュニケーションをとる。そんなこともなんだかこの日は新鮮だ。そんな子どもたちにこの日、折り紙の飛行機を折らせ、一緒に飛行機を飛ばす。遊びもこの子たちには大事な時間の一つ。

 残りの期間3ヶ月半はなるべくこの更生院にいようと思う。クリスマスも正月も。クリスマスに心ときめかせるような状況ではないし、正月といっても家におせちもなければ、雑煮もない。「おかえり」と言ってくれる妻の代わりに、台所に住みついた巨大クモと肌色のトカゲが迎えてくれる我が家。だったら、我が家的な更生院にずっといるのも悪くない。

 というわけで、そんなクリスマスと正月をここゲタスル更生院で送ります。そんなさびしそうな私に同情される方は、クリスマスカード又は年賀状を待っていますので送ってください。よろしくお願いします。

2 件のコメント:

あおい さんのコメント...

「当たりまえの日常がここちよい」
わたしも最近よく思う。
カウンターパートのこととか、好きじゃないくせにさ、
でも、ここでの生活がここちよくって
ここでの生活があまりに当たりまえになりすぎて
日本での生活が思い出せなくって
たまに夢なんじゃないかって思うんだよね。
わたしも今年はクリスマスも新年も任地で働くよー
去年はそれがつらかったけど
今年は不思議とそれが当たりまえになっちゃってる

ケニャイチロー さんのコメント...

あおいちゃん
 そうなんだよね。
俺も夢かなあって思うときがある。
子どもと接するクリスマスや正月も楽しいんだよね。
 そんな日常が大好きです。