2010年3月21日日曜日

3月17日 子供たちとの別れ


 この日は更生院と任地カベテとのお別れの日。朝から部屋の片づけをして、隊員ドミトリーに行くために荷物をまとめる。眠い目をこすりながら、最後の挨拶のために更生院に向かう。子どもたちはいつもの朝の掃除、朝食の準備に忙しくしている。そんな毎日の光景がこの日から見ることができない、と思うと胸が痛むように苦しくなる。1年9カ月の間日本に帰らず、ずっとここゲタスル更生院で活動した。土日もクリスマスも正月も。
 
 “ Nitaondoka leo. Si uwongo.” 「今日、私は出発します。嘘じゃないよ。」
 “ Ahaaaaa.” 「あああ」


 と子どもたちは悲しそうに返事をする。ずっと授業を見てきたし、空いている時間には一人ひとりとキャッチボールをした。そんな私は子どもたちにとってどんな存在だったのだろう?
 
 “ Mwalimu, ninakumiss sana.” 「先生、いなくなると寂しいよ。」

 そう言って、何人もの子どもたちが言ってくれた。今にも溢れそうになる涙をぐっとこらえ、子どもたち一人ひとりにこう伝える。

 “ Asante. Afia nzuri, halafu usome vizuri. Maisha yako itakuwa poa.”
「ありがとう。健康に気をつけて、しっかり勉強せいな。きっとお前の将来は良くなる。」

 そしてゲタスル更生院の前で立ち止まる。初めて来たときからこの日まで、いいことも悪いこともたくさんあった職場。いろんな思い出が頭の中で思い浮かぶ。必死に涙をこらえ、大きく一礼。そして後ろを振り向いた瞬間、我慢していた涙が一気に噴き出した。それだけ中身の濃い1年9カ月で、活動を続けてきた更生院。自分にもたくさんの種がゲタスル更生院で与えられた。今後日本に帰って、この種を大事に育てようと思う。花を咲かせるのも枯らすのも自分次第。俺も子どもたちに負けないよう、自分の種を育てる。

 そして毎日通っていたカベテの小さな小さな村。ほとんど毎日行っていた喫茶店、その喫茶店で働いていた大好きな子どもたち、豚屋のお兄ちゃん、靴直しのやらしいおじさん、野菜をキオスクで売っているおばちゃん、肉屋の若い兄ちゃん、その人すべてに最後のあいさつ。絶対忘れない、このカベテの村も、そこにいる人たちも。俺の1年9カ月を支えてくれたたくさんケニアの人たち、本当にありがとう。

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