2009年11月5日木曜日

10月27日 「誰のペン?」

 集団カウンセリングの時間、一本のペンで自分の足に落書きをしている子どもを見つけた。どこからどう見ても、更生院で授業中に渡すボールペン。そして彼に質問する。

 “ Hii ni ya nani?” 「これは誰の?」
 “ Ya Dennis.” 「デニスのだよ。」

 そう言って、カウンセリングの後、彼とデニスを呼ぶ。

 “ Hii ni ya nani?” 「これは誰の?」
 “ Yangu.” 「僕の。」
 “ Umekuja nayo?” 「持ってきたの?」
 “ Niliokota huko Dining.” 「ダイニングで拾った。」

 唖然とするわ、この感覚。学校で拾ったものすべてが自分のもの。拾ったって言って先生に持ってくる子は本当に少ない。日本の学校でも、同じことが言える。廊下でシャーペンを拾ったら先生に預ける、当たり前のことだが・・・。そんな日本での当たり前のことは、通用しない。特にここは更生院。

 そう言えば、運動場でも同じ状況がある。ある生徒がサッカーするためにコートの隅にサンダルを置く。それを他の生徒がとっていく。その子の言い分は、

 「運動場に落ちてあったから、もらった。」

 これでけっこう殴り合いのケンカになるんだよな。日本では考えられないこと、ここゲタスル更生院では普通に起きます。
 その後、彼とデニスに言った。

 “Vitu ambavyo uliokota katika shule ni za shule. Sio yako.”
 「学校で拾ったものは学校ので、あなたのじゃないよ。」


 そういうことから始めなくちゃいけない。10歳から18歳が生活するゲタスル更生院だが、日本でいう保育園や幼稚園でする指導もしています。

 「俺のものは俺のもの、お前のものも俺のもの。」

 そんな悪意のないジャイアンが多いけど、すぐに考えを改めてくれる道具をドラえもんが出してくれたらなあ・・・なんて現実逃避も考えてしまう弱気な私です。

0 件のコメント: