ブログの更新が滞っていますこの頃。妻のケニア訪問がはじまり、旦那との時間をさいてはニンテンドーDSのマリオカートにはまっている妻(29歳)です・・・。まったく、何しに来たんだ・・・!?
さて、この日の午前中子どもたち一人ひとりと話をしていき、その子の背景などを知ろうとしたとき、ある子の話が大変興味深かった。それは地元にある怪しいお店の話。そのお店はポルノムービー、いわゆる日本でいうAV(アダルトビデオ)を上映するお店の話である。
ここケニアではポルノムービーは禁止されている。販売行為はもちろん、鑑賞ももちろん法律上禁止のようである。しかし、どの町でも小さな小屋にテレビとビデオ(もしくはDVD)を置いて上映しているような場所がある。そこは子どもも大人も一緒にポルノムービーを見ることができる。値段は以下の通り。
大人 2時間10シル(約15円)
子ども 2時間 5シル(約8円)
そこには男性だけでなく、女性はもちろん女の子まで入ることができて見ているということである。その話にかなり驚いたのだが、次の質問の答えにさらに驚いた。
“ Nani amewahi kuangalia ile movie?” 「そんなビデオを見たことがある人?」
“ Mimi!” 「おれ!」
そう言ってほとんどの子が手を挙げる。10歳から17歳の子が在籍する更生学校で、ほとんどの子がポルノムービーを見たことがある。それもお金を払って、上映会のようなもので見る・・・、この結果に驚いた。
性がここケニアではかなり近い存在であり、だれもがオープンに話をすることができる。しかし間違った性知識が子どもたちの中にはないだろうかと感じることがある。ここケニアでは性教育は本来だれが教えるものなんだろう?親?それとも学校の先生?はたまた性教育を中心として活動するNGO?
いろんな疑問が頭の中にわいてくる中、性教育はこれから日本の教育でも大切になってくるのではないかと思っている。日本ではだれが性教育を教えるんだろう?保健体育の先生?そもそも保健と性教育って同じものなのだろうか?いや根本的にきちんと教えてるんだろうか?アフリカにいるからこそ気づいたことがある。私はまだまだ日本のことを知らないのでは・・・。半年後、教員として復帰する以上、もっと日本のことを知りたいと強く思う。
2009年10月4日日曜日
2009年9月30日水曜日
9月25日 光あるところに闇もある。
ここゲタスル更生院にはたくさんの来客が来る。日本人をはじめ欧米人またケニア人まで。ナイロビ郊外ということでタウンから容易に来ることができること、ストリートボーイや孤児などが生活しているということから見学希望が多い。
ケニアはアフリカの国の中でもかなり発展していると感じる。観光業もサファリなどの国立公園をはじめ、コースト(海岸)沿いのリゾート地などが存在し、海も山も動物も見ることができる。町もかなり発展しており、ナイロビやモンバサでは手に入らないものがないくらい。もちろん日本食レストランもあり、私たちは何の苦労もない。
しかし光あるところに闇はあるもの。急速に発展したケニアでは、その発展の波に乗ったケニア人もいれば、そうでないケニア人もいる。急速な発展は貧富の差をかなり大きくしたといっても過言ではない。ナイロビのタウンのはずれにあるキベラ地区をはじめとする数か所のスラム地区(貧困地区)。その代表的なキベラ地区でも現在約100万人が住んでいるといわれている。
また貧富の差が大きいと治安が悪くなるのも必然だろう。発展しているケニアは現在アフリカの中でも治安が悪くて有名だ。主な原因はやはり、多くの失業者だろう。ケニアは発展しているといっても失業率はかなり高い。30歳までの若者で就職している人は2人に1人、就職率約50%とも言われている。なんだかんだ言っても、やはりお金は大事。ご飯を食べるにしても、より良い生活をするにしても、服を着るにしても、友達と遊ぶにしても、何をしてもお金は必要だ。そのお金がなければ、そのお金を得る仕事がなければ、ストレスもたまるだろう・・・。そして手段を選ばす、お金を得ようとする若者が増える。だまし、嘘、スリ、強盗などなど。
そんなケニアのさまざまな面を日本の人に知ってもらいたいし、日本に帰ってからそのことを日本の人に伝えたい。そんなケニアのさまざまな背景のもと、ここゲタスル更生院にやってきている子どもたち。その子たちを見て、ただかわいそうと思ってほしくない。一人ひとりと接してもらって、そこから何かを感じてもらいたい。スワヒリ語が分からなくても、英語がわからなくても、感じることが何かあるはず。何気ない一言で最高の笑顔を見せたり、その一方で近くの果物を盗んでいたり。そんな子どもたちが住む更生院を多くの人に見てもらい、そしてそこからまた日本にいる人たちにケニアの子どもたちについて伝えてもらいたい。 決して子どもが悪いわけではない。「罪を憎んで、人を憎まず」ではないが、今はケニアという国の状況を憎んで、子どもだけは憎みたくない・・・そう感じる。
もしケニアのお越しの際は、ぜひここゲタスル更生院にお越しください。
ケニアはアフリカの国の中でもかなり発展していると感じる。観光業もサファリなどの国立公園をはじめ、コースト(海岸)沿いのリゾート地などが存在し、海も山も動物も見ることができる。町もかなり発展しており、ナイロビやモンバサでは手に入らないものがないくらい。もちろん日本食レストランもあり、私たちは何の苦労もない。
しかし光あるところに闇はあるもの。急速に発展したケニアでは、その発展の波に乗ったケニア人もいれば、そうでないケニア人もいる。急速な発展は貧富の差をかなり大きくしたといっても過言ではない。ナイロビのタウンのはずれにあるキベラ地区をはじめとする数か所のスラム地区(貧困地区)。その代表的なキベラ地区でも現在約100万人が住んでいるといわれている。
また貧富の差が大きいと治安が悪くなるのも必然だろう。発展しているケニアは現在アフリカの中でも治安が悪くて有名だ。主な原因はやはり、多くの失業者だろう。ケニアは発展しているといっても失業率はかなり高い。30歳までの若者で就職している人は2人に1人、就職率約50%とも言われている。なんだかんだ言っても、やはりお金は大事。ご飯を食べるにしても、より良い生活をするにしても、服を着るにしても、友達と遊ぶにしても、何をしてもお金は必要だ。そのお金がなければ、そのお金を得る仕事がなければ、ストレスもたまるだろう・・・。そして手段を選ばす、お金を得ようとする若者が増える。だまし、嘘、スリ、強盗などなど。
そんなケニアのさまざまな面を日本の人に知ってもらいたいし、日本に帰ってからそのことを日本の人に伝えたい。そんなケニアのさまざまな背景のもと、ここゲタスル更生院にやってきている子どもたち。その子たちを見て、ただかわいそうと思ってほしくない。一人ひとりと接してもらって、そこから何かを感じてもらいたい。スワヒリ語が分からなくても、英語がわからなくても、感じることが何かあるはず。何気ない一言で最高の笑顔を見せたり、その一方で近くの果物を盗んでいたり。そんな子どもたちが住む更生院を多くの人に見てもらい、そしてそこからまた日本にいる人たちにケニアの子どもたちについて伝えてもらいたい。 決して子どもが悪いわけではない。「罪を憎んで、人を憎まず」ではないが、今はケニアという国の状況を憎んで、子どもだけは憎みたくない・・・そう感じる。
もしケニアのお越しの際は、ぜひここゲタスル更生院にお越しください。
2009年9月28日月曜日
9月17、18日 同期とのアンボセリサファリ
“ Wewe si mgeni. Leo usilipe.” 「あなたはお客じゃないから。払わなくていいよ。」
と言われ無料に。何回も来ると、いいこともあるものです。そして一行はアンボセリ国立公園のゲートに到着。車に近づいてくるマサイ族のママたちとも顔見知り。少々高くても、このママたちからいつもお土産を買っています。この前は妊婦のママから、妻と俺のお揃いの小物を買って、お腹まで触らせてもらいました。
そして私たちは高級ロッジ「アンボセリセレナ」に到着。このロッジの食事はいつ来ても最高です。
その後大好きな昼寝の後、ゲームサファリ(サファリドライブ)へ。正直、そのまま昼寝をしたかったのだけれど・・・。この夕方と次の日の朝、運のいいことにキリマンジャロが見える。4回来て2回は全く見えなかったキリマンジャロです。そんなアフリカ最高峰のキリマンジャロをはっきり見ることができ、みんな大興奮。中には動物をそっちのけで、キリマンジャロに心奪われている人もいました、そうだよねトモちゃん?
そして夜もごちそうを食べながら、みんなと楽しく雑談。この時間が最高なんだよな。活動の話、愚痴、恋の話、結婚の話、妻ののろけ話などなど。お酒に弱いのに、なんでこういうときは、たくさん飲
あっというまに1泊2日のアンボセリのサファリツアーは終わり、2日目の夜、ザンビア隊のトモちゃんとサブを見送りに空港へ。二人の満足した笑顔を見て、こちらも大満足。同期との旅行って本当に楽しいし、思い出に残るんです。次の日にはボツワナ隊のナコを送って、そしてケニアでの任国外旅行が終了。他の国からのたくさんの刺激と元気をもらって、また活動に励もうと心に誓いました。
2009年9月27日日曜日
9月16日 同期たちとのナイロビ観光
さて前日の夕方に同期たちと合流し、この日はナイロビ隊員任地見学とナイロビ観光をした。午前中は向かいのカベテ更生院で働くシンヤの任地見学、その後私のゲタスル更生院見学をする。他の国の同期隊員に見られると、なんだか気が引き締まる。昨年4月に出会って、2ヵ月間の訓練を福島県二本松市で一緒にがんばってきたメンバー。そんな同期の目にはわたしの配属先、また俺の活動はどのように映ったのだろう?
と、ふとキッチンを見ると、今まで見たことのない野菜がある。なんと人参とじゃがいもの2種類の野菜があった。今まではそんな野菜を買ってくれたことがない。半年ほど前から、食料担当の同僚にずっとお願いしていた野菜の人参とじゃがいも。ようやく買ってくれた。そんな野菜たっぷりのギゼリを同期もおいしそうに食べてくれた。
さてその後はタウンに行ってお土産を買ったり、昼ごはんを食べたり。またケニア料理を食べ
そしてその後Animal Orphanage(動物孤児院)へ行き、動物たちを見学。チーターに触れたり迫力のライオンを身近に見たり。とにかく日本ではなかなか見れない動物との距離が近いんです。それがここAnimal Orphanageの魅力なんです。そしてあっという間に予定していた1時間半を過ぎ、同期が楽しみにしていた日本食のレストラン「御園(みその)」へと行った。
アフリカではなかなか日本食を食べることはできないが、ここケニアではけっこう日本食レストランがあるんです。そしてなんと刺身やお寿司まで食べることができるんです。本当にアフリカにいる感じがしない、ここナイロビ。そしてここでも、今までケニアで食べたことのない料理の数々が出てきました。お寿司盛り合わせ、カリフォルニアロール、サーモンとアボガドのサラダ、天ぷら、鉄板焼き、焼うどんなど。最後はみんなおなかいっぱいになりすぎて、お寿司を食べる手も止まっていたけど・・・。そんなこんなでおなかも心もいっぱいになった一日が終わった。そして次の日のサファリ旅行に向けて、早めに就寝しました。
2009年9月25日金曜日
9月13日 病気になって考えたこと
完全燃焼して、燃え尽きてしまいました。この日の夜中から全く起き上がることができず、熱は約40度に。あまりの暑さにバスタオルを濡らして、顔中にタオルを押しつけてました。いやあ正直こんなに苦しいとは思いませんでした。
しかし病気の時って、かなり心細い。ポカリスエットの粉をペットボトルの水に入れるのも自分、ポッカのコーンスープを作るのも自分、すべて自分でするのってなかなかつらい。ここでふと考えた。
もし日本に帰って教職に戻って、家族が病気になったら・・・。妻や子供が病気になったらどうするか・・・、って考えたら年休をとろうと思う。年休とは年次休暇のこと。1年に休むことができる日のことである。もちろん今までほとんどとったことがない。病気のときも、家族の体調が悪いときもとったことがない。けど、それってどうなんだろう?
自分の体調が悪い時はともかく、自分の家族が病気になったとき、年休をとって家族のために病院に連れて行ったり、家族のためにうどんや雑炊を作ってやるって自然なことじゃないかな。自分の家族を大切にできないで、学校の生徒を大切にできるんだろうか。と考えてしまった。 もし自分が病気のとき、妻ならどうするだろう。きっとパートを休んで、看病してくれるだろう・・・、ですよね(不安)?そんな家庭を作りたいと思うこのごろ。ところで、隣の更生院では新型インフルエンザが大流行。うちの更生院にも来そうな勢い。また体調が悪くならないよう、手洗い・うがいを欠かさずします。
しかし病気の時って、かなり心細い。ポカリスエットの粉をペットボトルの水に入れるのも自分、ポッカのコーンスープを作るのも自分、すべて自分でするのってなかなかつらい。ここでふと考えた。
もし日本に帰って教職に戻って、家族が病気になったら・・・。妻や子供が病気になったらどうするか・・・、って考えたら年休をとろうと思う。年休とは年次休暇のこと。1年に休むことができる日のことである。もちろん今までほとんどとったことがない。病気のときも、家族の体調が悪いときもとったことがない。けど、それってどうなんだろう?
自分の体調が悪い時はともかく、自分の家族が病気になったとき、年休をとって家族のために病院に連れて行ったり、家族のためにうどんや雑炊を作ってやるって自然なことじゃないかな。自分の家族を大切にできないで、学校の生徒を大切にできるんだろうか。と考えてしまった。 もし自分が病気のとき、妻ならどうするだろう。きっとパートを休んで、看病してくれるだろう・・・、ですよね(不安)?そんな家庭を作りたいと思うこのごろ。ところで、隣の更生院では新型インフルエンザが大流行。うちの更生院にも来そうな勢い。また体調が悪くならないよう、手洗い・うがいを欠かさずします。
2009年9月24日木曜日
9月12日 ゲタスル文化祭(後半)
映画が終わり、いよいよ昼食の時間。あの日清食品のチキンラーメンだ。日清食品はここケニアで社会貢献活動として、ケニアの子どもたちに無償でチキンラーメンを配布している。今回は、ここゲタスル更生院でチキンラーメンを配布してくれる。チキンラーメンがデザインされた大きな調理用トラックと大型車。この二つがあるだけですごい迫力だ。子どもたちも何が起きるんだろうと興味津々。 
12時前になり、いよいよ子どもたちにチキンラーメンを配った。日清食品のスタッフさんとJICA婦人のサイディアーナの会の皆さんから一杯ずつ子どもたちにチキンラーメンとゆでたまごが配られる。
“ Asante” 「ありがとう」
そう言って嬉しそうにチキンラーメンと卵を受け取る子どもたち。満面の笑顔でダイニングに入り、早速チキンラーメンを食べる。おいしそうにほおばる子どもたち。少し時間をおいて、麺がスープを完全にすってから食べる。そんなのびのびの麺を食べるのがケニア流。日本のインスタントラーメンを始めて食べる子どもたちはどんなことを考えていたのかな。
さて午後の活動がスタート。ダイニングでは盆踊り、教室1では折り紙教室、そして教室2では日本の歌教室が開催された。すべてサイディアーナの会の皆さんが中心となってゲタスルの子どもたちに
教えてくれた。初めて踊る日本のおどりの盆踊りに見よう見まねで必死に踊ろうとする子、折ったことのない折り紙を日本の皆さんに優しく教えてもらう子、そして大きな口を開けて楽しそうに日本の歌を歌おうとする子、そんな日ごろ見せない子どもたちの姿を見ることがすごく楽しかった。
ゲタスルの子どもたちの背景はさまざまで人と接することに慣れていない子が多い。人を信じることができるこがいったいどれくらいいるんだろうか。今回たくさんの日本人や外部のケニアの人に触れて、少しは話ができたかなあ・・・。けど、一つ嬉しいことが。“Asante”「ありがとう」が自然に言える子が増えてきたってこと。小さいことのように思うかもしれないが、ゲタスルの子どもたちにとっては大きな大きな進歩。今まではどんなことがあっても “Asante”も言えなかったのに。そんな成長が見えるのって、この仕事の醍醐味だね。

そして文化祭は終了。この文化祭のために子どもたちはかなり前から作品製作などをして準備してきた。当日も前向きに活動に参加いていたし。今回は、珍しくいっぱいほめてやりました。本当によくがんばりました。またこの文化祭に関してたくさんの協力をいただいた。在ケニア日本大使館、日清食品、JICA婦人のサイディアーナの会など。また他の日本人の方にもたくさんの協力をいただいた。改めてお礼を言いたい。
そしてそんな私は、燃え尽きてそのまま家でダウン。約40度の熱と戦ってましたが、文化祭の成功に感動しながら、床につきました。いやあ、いい文化祭だったわ。
12時前になり、いよいよ子どもたちにチキンラーメンを配った。日清食品のスタッフさんとJICA婦人のサイディアーナの会の皆さんから一杯ずつ子どもたちにチキンラーメンとゆでたまごが配られる。
“ Asante” 「ありがとう」
そう言って嬉しそうにチキンラーメンと卵を受け取る子どもたち。満面の笑顔でダイニングに入り、早速チキンラーメンを食べる。おいしそうにほおばる子どもたち。少し時間をおいて、麺がスープを完全にすってから食べる。そんなのびのびの麺を食べるのがケニア流。日本のインスタントラーメンを始めて食べる子どもたちはどんなことを考えていたのかな。
さて午後の活動がスタート。ダイニングでは盆踊り、教室1では折り紙教室、そして教室2では日本の歌教室が開催された。すべてサイディアーナの会の皆さんが中心となってゲタスルの子どもたちに
ゲタスルの子どもたちの背景はさまざまで人と接することに慣れていない子が多い。人を信じることができるこがいったいどれくらいいるんだろうか。今回たくさんの日本人や外部のケニアの人に触れて、少しは話ができたかなあ・・・。けど、一つ嬉しいことが。“Asante”「ありがとう」が自然に言える子が増えてきたってこと。小さいことのように思うかもしれないが、ゲタスルの子どもたちにとっては大きな大きな進歩。今まではどんなことがあっても “Asante”も言えなかったのに。そんな成長が見えるのって、この仕事の醍醐味だね。
そして文化祭は終了。この文化祭のために子どもたちはかなり前から作品製作などをして準備してきた。当日も前向きに活動に参加いていたし。今回は、珍しくいっぱいほめてやりました。本当によくがんばりました。またこの文化祭に関してたくさんの協力をいただいた。在ケニア日本大使館、日清食品、JICA婦人のサイディアーナの会など。また他の日本人の方にもたくさんの協力をいただいた。改めてお礼を言いたい。
そしてそんな私は、燃え尽きてそのまま家でダウン。約40度の熱と戦ってましたが、文化祭の成功に感動しながら、床につきました。いやあ、いい文化祭だったわ。
2009年9月22日火曜日
9月12日 ゲタスル文化祭(前半)
子どもたちと一緒に教室やダイニングの掃除、メタルアートや巨大製作の貼り付け、夜中こっそり作った小さな文化祭の看板などなど、少しずつ準備を進めていく。また受付のための机の準備
さて少しずつ日本のお客さんたちがやってくる。日本大使館のスタッフの方、日清食品さん、JICA婦人の会サイディアーナの皆様などなど。それぞれの役割とスケジュールは以下の通り。
○文化交流
午前(ダイニング) :日本の映画「ウォーターボーイズ」 →大使館
午後 第1ルーム(ダイニング):日本のおどり(盆踊り)→サイディアーナの会
第2ルーム(教室1) :折り紙 →サイディアーナの会
第3ルーム(教室2) :日本の歌 →サイディアーナの会
○食交流
昼食:ケニアの料理「ギゼリ」
日本の料理「チキンラーメン」、「ゆでたまご」→日清食品
○展示
ゲタスル更生院全生徒 絵画「自分たちの生活」(Maisha yangu ya kwetu)
絵画「ケン先生の顔」(Ken’s face)
工作「メタルアート」(Metal Art)
ゲタスル更生院生徒有志 巨大製作「ゲタスル更生院」(Getathuru Rehabilitation School)
巨大製作「ようこそケニアへ」(Karibu Kenya!)
巨大看板「ゲタスル文化祭」(Getathuru Cultural Festival)
など盛りだくさんである。とくに展示の部の作品は2週間前から取り組んできて、やっと完成した作品ばかりだ。子どもだけでなく私にとってもずいぶんと誇らしい。また今回は子どもたち主動で文化祭運営させた。受付係、更生学校案内係、開会式・閉会式司会、開会式挨拶、閉会式挨拶などなど。すべて教員がしていたところを、生徒を中心になって運営させた。これは私が中学校の教員を5年経験して、イベントごとに行っていた実行員会のようなやり方だ。こうすることで、子どもたちの自主性とやる気を引き出す。教員はあくまで黒子に徹する。こうやってできることも5年間の経験があったからかなあ。
そして子どもたちの運営のもと、お客さんたちは受付をし、学校案内を子どもたちから聞く
。開会式では司会をはじめお祈り、そしてあいさつなども子どもたちがする。人前で話すこともできなかった子どもたちが堂々と話している姿に感動。この日のために何日も前から練習してきたもんな。その目に見える成果一つひとつにうれしくなる。
登録:
投稿 (Atom)