2009年4月22日水曜日

ザンビア旅行記 2日目 お腹の脂肪は心のゆとり


 2日目、昨夜の興奮が冷めやらないまま、朝6時ぐらいに起きる。マサが作ってくれたごはんを食べ、4人でお出かけ(マサ、ニッシー、ユッキー、おれ)。はじめに向かったのはマサの配属先であるFAMILY HEALTH TRUSTである。

 ここで事件発生!!?嫁に買ってもらったお気に入りの一眼レフカメラを取り出して、準備をしようとしたとき・・・

 「電池・・・ない」

 電池無くなってました。飛行機の中では確認してあったのに・・・。というわけでせっかく持ってきた一眼レフが全く使えず。この日の昼までずっとブルーでした。

 その後マサの活動先であるコミュニティを見学する。そのコミュニティの説明のあと、そこにいた若い人たちにダンスと歌で歓迎してもらう。ケニアとはまたちがうザンビアの歌とダンスに楽しく見させてもらいました。そして次に向かったのは同じコミュニティにある病院(診療所?)。ユッキーの職種が薬剤師だからユッキーは興味津津。俺らにとっては医学的な英語が多かったせいか、少し難しかったです。

 首都の中心地に戻り、ザンビアの伝統的な布キテンゲを買いに行く。ザンビア隊もよく買いに来るというキテンゲ専門店に行き、何百もあるキテンゲから2つをチョイス。一つ8000クワチャ(約160円)ほどで、ケニアにはない柄のものでザンビア産のもの選びました。(中にはタンザニア産などがあるので)

 そしていよいよ昼食の時間。「ルサカクラブ」という超高級ステーキ屋さんに行く。店構えから中に入っているお客さんまで高級のイメージがしてそわそわしながら、ペッパーステーキを注文する。ステーキが来るまではサラダバイキングがあるので、それを調子よく食べまくる。この時点で500キロカロリーは摂取。そしていよいよステーキ登場。で、でっけえ。おそらく500グラムはある超巨大ステーキ。それにたっぷりかかったペッパーソース。一口食べただけで、その柔らかさとおいしさでコメントできないぐらいでした。恐るべしザンビーフ。てかやっぱりザンビア危険。これでおそらく3000キロカロリーは摂取。70000クワチャ(約1400円)ぐらいしたけど、大満足でした。

 その後空港へユッキーのロストバッゲージとなっていた荷物を取りに行って、そしてUTH(University Teaching Hospital)にある国立ガンセンターへと行きました。ここの設備は本当に素晴らしかった。薬はもちろん、がんを見つけることができる最新スキャンなどもあって、まるで先進国の病院でした。 その後同期のともちゃんの家を見学し、夕食場所となる中華料理屋へ。大好きな餃子と春巻き、そして名物の茶わん蒸しも食べて、2000キロカロリー分ほど食べて、少し体は丸まる。そしてそのあともザンビア調整員(きんちゃん)の家でたらふく飲ませてもらって2000キロカロリー。この日は一日平均の約3倍7500キロカロリーを食べました。心のゆとりをしっかりお腹に蓄えています。

2009年4月21日火曜日

ザンビア旅行記 1日目 同期大集合!!




 この日から同期のニッシー(コンピュータ技術)とザンビアへの任国外旅行。空港で一緒に行動するウガンダ隊のユッキー(薬剤師)と合流しザンビアまで3時間のフライト。着くなりユッキーのロストバッゲージ(荷物が届かないこと)で波乱な幕開けだ・・・。

 そこで待っていたのがザンビア隊の同期マサ(エイズ対策)である。マサの同僚の車でマサの家へ。そこ待ってくれていたのが同期の隊員たまちゃん(音楽)とまっきー(体育)だ。久々の再開にここでも感動。いやあ俺たち本当に歓迎されています。

 そして近くの食堂でザンビーフを食べる。これがケニアの肉とちがって、柔らかいこと柔らかいこと。最高です。またザンビアの主食シマ(ケニアで言うウガリのようなもの)もパサパサしてなくて食べやすい。昼からザンビアの有名なビール「MOSI」もすすむ。いやあザンビア危険です。

 その後、首都ルサカ隊員の配属先へまわることに。まず向かったのがヒガエさん(コンピュータ技術)の配属先National HIV/AIDS Councilと活動しているUTH(University Teaching Hospital)という病院である。そこでまた会えました、同期のともちゃん(栄養士)。全くかわっていないから、すぐわかったで。

 そしてTuesday Market(そのまんま・・・)という市場に寄り、次の目的に同期のさぶちゃん(青少年活動)の配属先に。ここではさぶちゃんの生徒さんが待ってくれていて、日本語で歓迎してくれた。

 最後に向かったのはともちゃんの配属先WFP(World Food Project?)を訪問。IDカードに中に入り、オフィスを見学。いやあ机に座ったともちゃんはかっこよかったで。

 その後JICAオフィスへ。そこで調整員(きんちゃん)のザンビア滞在中の説明を受け、マサのうちへ帰る。そこで待ってくれてたのがフロド(理数科教師)。ここではザンビア隊の同期たちが俺らのためにたくさんの料理を作ってくれた。クッキー、かぼちゃの煮物、りんごの甘煮、野菜スティック、アボガドの刺身、おくらの醤油和え、サラダ、から揚げ、杏仁豆腐など。そしてビール。そんなザンビア隊の想いのこもった料理をおいしくおいしくいただきました。そして今回の同期旅行用にマサが何度も考えて打ち合わせをしてくれて作ったTシャツを披露。それぞれの任国の国旗と名前が載ったTシャツ。これに大感動。温けえ。

 と、突然電気が消える。ともちゃんがコンピュータが持ってきてムービーメーカーを見せる。そこには世界中で活動する同期たちのメッセージ集が。突然のサプライズにザンビア隊のみんなも驚きを隠せないまま、その映像に食い入るように集中する。メッセージをくれた世界中の同期のみんな、ありがとう。その映像のあと、あまりの感動に涙を流す同期もいたぐらいだ。ほんまに最高の夜だった。こんなにうれしかった夜は久々だったなあ。 またこの日はまっきーの誕生日パーティを兼ねていたのでまっきーのお祝いも一緒にできてよかった。というわけで、初日でもうザンビアの任国外旅行はお腹も心もいっぱいになったが、まだまだ続く。同期の素晴らしさを改めて知った一日だった。

2009年4月20日月曜日

ケニャイチロー旅行記 アンボセリ国立公園


 久々の嫁との二人旅行。行先はケニア3大国立公園の一つと言われるアンボセリ国立公園である。サファリカーを貸し切ってナイロビから約5時間かけてアンボセリ国立公園へ。途中アンボセリの一番の近くの町ナロックで約200頭のラクダの大群を見て、二人して大はしゃぎ。ナロックはマサイ族のホームタウンで許可なく写真をとると、お金を求められるので隠れてそっと写真をとる。それぐらいまでして撮りたかった写真の一つである。

 さてアンボセリ国立公園に着き、まず宿泊場所となる「オルトカイロッジ」での昼食。ここでは前菜・スープから始まるフルコース。貧乏根性に火がつき、何回もパンをお代わりしてフルコースの雰囲気をぶち壊すが、さすがクロ嫁。笑顔でそんな俺のハングリー精神(??)をわかってくれる。できた嫁だ。
 そして少し休憩して、いよいよ夕方からイブニングサファリに出かける。まず、出会ったのがサバンナモンキー。金色のような色の毛で、子連れのお母さん猿がたくさんいた。子どもがお母さんのおなかにしっかりつかまってる様子がなんとも愛くるしい。

 次に出会ったのがシマウマ。顔をよく見ると、ウマでなくロバに似ている。ここで一つ豆知識。ケニアではシマウマはロバの仲間と思われている。それはケニアの母国語であるスワヒリ語でよく表れている。

 ロバ → punda
 シマウマ → punda milia

数え切れないほどのシマウマを眺めながら、キリマンジャロから来る水からなる湿地に到着。そこは動物の楽園。ゾウをはじめバッファローやシマウマ、インパラ、ヌーなどたくさんの動物がその湿地で水を飲んだり、休憩したりしていた。バッファローすべての背中に泊っている白い鳥。その光景がまたかわいい。これはバッファロー(水牛)に来る虫をその鳥が食べるから、すべてのバッファローにその白い鳥がいるわけだ。その他にもライオンやチーター、ダチョウやハイエナなど、なかなか見えないレアな動物も見ることができ、大満足のゲームドライブだった。

 約2時間のイブニングサファリを終えてロッジに戻る。そしておしゃれな夕食。ここでも昼に負けないぐらいのフルコース。本当に協力隊員なのかな・・・って思えるぐらい贅沢な食事に嫁と話すのも忘れて、夢中で食べてました。ステーキ最高です。そして二人付かれて、部屋に戻ったとたん就寝・・・。

 次の日の朝6時半からモーニングサファリに出かける。そこで朝一番に迎えてくれたのがゾウの親子。子ゾウが母親ゾウに離れず歩く姿が印象的で、買ってもらったばっかりの一眼レフカメラから手が離せなかった。そして少しずつ雲から顔を出し始めてくれたキリマンジャロ。この山の名前はみんな知っているだろう。アフリカ大陸でもっとも高い山で、タンザニアとケニアの国境にある山である。そのキリマンジャロの姿はここアンボセリから見るのが一番きれいと言われている。そのキリマンジャロがはっきりと見えて、またまた大興奮。最高です、アンボセリ。俺の中ではケニア3大国立公園の中では一番すごいと思えたのは、ここアンボセリ。自信を持っておすすめします。

2009年4月19日日曜日

3月24日 嫁のケニア訪問


 この日をどれだけ待っただろう。9か月ぶりの再会。付き合い始めの頃の会う前のあのドキドキ。そんな感情があふれていたこの日、嫁がやってきた。空港まで迎えに行って、絶えない笑顔でゲート前で待っていた。嫁の姿を見たときのあの瞬間。うれしかったなあ。

 家に帰って、ケニアでよく作るケニャイチロー特製牛丼を作って一緒に食べる。同期とその同期の彼女にも大好評だった牛丼。そして嫁の一言。

 「帰ってからも、作れるね」


 ・・・、それって俺も料理当番になれってこと!?日本に帰ると頭が上がらないので、俺も料理当番になりそうです。

 そして次の日、配属先のゲタスル更生院を見学して、その後向かいにあるカベテ更生院(同期のシンヤ配属)にも見学に行き更生院の子どもたちと触れ合う。そして昼からは近くのスーパーで買い物をして早目の帰宅。そして二人で作る久々の料理。この日のメニューはお好み焼き。でもなんで料理って二人で食べるとこんなにおいしいんだろう。俺の一人で作るお好み焼きより何倍も何十倍もおいしかった。

 さて3日目、嫁にとって初めてとなる俺の授業見学。今日の授業は英語と数学である。今回の英語では時間を伝える表現を教える。電池の入っていない時計をもっていき、長針と短針を動かしたくさんの時間をドリル練習する。単なる時間を伝える表現から、次は自分の一日の生活を時間を使って表現するコミュニケーション活動もする。英語は下手だけど、コミュニケーションをしようとする動機はケニアの生徒は100点満点です。

 数学でもスタンダード3,4(小学校3、4年生レベル)の子にゆっくりと掛け算を伝える。下手なりに絵を描いたりして、なんとかわかるように。そんな生徒に授業をする俺の姿は嫁の目にどう映ったんだろう?? 

 そして次の日のプチハネムーン、アンボセリ国立公園旅行へと続く。

2009年4月18日土曜日

3月下旬 通分をどうやって教える?

 通分ってどうやって教えたらいいんだろう?

算数の授業をしながら、生徒のわかりやすい説明を考えたが、難しい。
たとえば「1/2+1/3」を計算するとほとんどの生徒が「2/5」と答える。分母の部分をそのまま足すからだ。そこで説明をする。

「分母の部分、下の部分の数字を合わせないといけないんだよ」

 と説明すると、迷わず分母の部分に「5」が出てくる。2と3の最小公倍数の「6」が出てこない・・・。その説明がまた難しい。どうして「6」になるのかが子どもたちにはわからないようだ。そこで丸いケーキの絵を描いて説明してみる。6等分に分けたケーキを二つ描いて、それぞれ「1/2」→「3/6」,「1/3」→「2/6」ということを伝える。

 そうすると笑顔でわかった顔をする。やっとわかってくれたか。我ながら自分の説明に酔っていたが、子どもの途中の計算と答えを見ると

「3/6+2/6=5/12」

 ・・・。そんな答えで満足気な笑顔をしている子どもたちと今日も分数の計算をしています。先は長いで。このブログを見ている小学校教諭の同期、分数の教え方を教えてください。

2009年4月17日金曜日

3月下旬 3つの選択肢

 こんな感じは初めてだった。

 「子どもと接するのが怖い・・・」

 いや正しく言うと、子どもと接する自分が怖い。この時期の私は自分の怒りをコントロールできずにいた。子どもの些細な言動に腹がたって殴る。叱るでなく、キレる。そしてまた殴る。何かあったら、すぐに手を出す。体罰だ・・・。

 教員をしていた頃も、時々手を出すことがあった。正直自分の怒りの感情をコントロールするのは下手くそだ。何度それで悩んだことか。ケニアでも同じだった。もうすぐ30歳だし少しは落ち着くだろうと考えていたが・・・甘かった。

 ある日、同僚のマダムに言われた言葉。

 “Hashira yako ni kubwa.”  「ケンの怒りは大きすぎる。」

 その言葉を聞いたとき、ただただ自分に悔しくて情けなくて涙を流した。絶対ケニア人の前で泣かないと思っていたのに泣いた。

 そこで与えられた3つの選択肢。

① 自分の怒りをすべて抑えて、叱らず笑顔で言い聞かせるか。
② 自分の感情のままに行動するか。(今まで同様、手を出すか。)
③ ケニア人の叱るときの文化、kiboko(木の枝)でお尻をぶつか。

 そこで私が選んだのは③だった。正しくないかもしれない。いや日本の考え方でいうとまちがいだろう。けど、これが私の選んだ答えだ。子どものまちがいをしっかり叱ってやる、これは大切なことだ。その方法をケニア式にして、少しでも子どもの次につながる指導がしたいからだ。悩みに悩んだ末、出した答えだ。

まだまだトンネルの出口は見えない・・・。

2009年4月5日日曜日

ケニャイチロー旅行記 ナクル国立公園


 久しぶりにブログを更新します。さぼってたわけですが、まあ単なるさぼりですね。 

 さてこのさぼってた間にケニア国内をほんの少し旅行したので、それを伝えますね。まず3月14、15日に行ったナクル国立公園。先輩隊員と同期隊員合計6人で行ってきた。今回は少しプチリッチ旅行としてロッジに宿泊。マイルサバキャンプと言って、ナクル国立公園から少し離れているが、ナクルで有名なクレーターが一望できる素敵なロッジだ。

 まず朝ナイロビのドミトリーを出発して、昼過ぎにマイルサバキャンプに到着。そしてさっそく素敵な昼食を食べる。めにゅーはフルコースで前菜からスープ、メインディッシュ、そしてデザートまでついていた。いままでケニアで食べたことのないフルコースに一同大感激。最高の昼食を食べて、短いお昼寝。いやあもう楽園ですわ。

 そして夕方ナクル国立公園へ。サバンナモンキーやバブーンの歓迎を受ける中、どんどん車は奥へとすすむ。そして・・・いました!!ナクル湖で一番有名なフラミンゴの大群が。前日に旅行会社の人から最近はフラミンゴがいないと聞いていたので、メンバー一同興奮しました。ナクル湖は塩水であり、湖の近くの土壌は白くなっており、その塩の塊にまたびっくりした。

 そしてペリカンやもう一つ有名なサイ、そしてバッファローやシマウマなど、たくさんの動物を見ることができた。このナクル湖は、湖だけでなく展望台があったり、森があったり、草原があったりとすごく地形に富んだ場所であり、その変化にも楽しむことができた。

 その後ロッジに帰って、おしゃれな夕食。ここでもまたフルコースだ。いやあ協力隊員じゃないみたい。まあ日頃の疲れをとるため、たまのリッチな旅行はいいですわ。3月末に帰られる大さんとも飲んで語ることができたし。夜飲むってやっぱり楽しいね。

 2日目はナクル湖でモーニングサファリをして、途中ナイバシャに行きボートサファリとウォーキングサファリをした。これも車で回るサファリとはちがって、また面白さがたくさんあった。というわけで2日間、サファリを満喫した。動物良し、料理良し、宿泊ロッジ良し、と100点満点の旅行だった。